約束のお茶会④
そもそもエリスが、茶会の時間より早くコーネリアを呼んだのは、同じ派閥であり親しい間柄である彼女に快人に対する際の注意を伝えると共に、可能な限りのフォローを願おうと思っていたからだ。
そしてコーネリアも、貴族社会で生きてきて腹の探り合いなども多数経験していることもあって、エリスの表情などから不穏なものを感じ取っていた。
「……エリス様の反応を見ていると分かるのですが、私個人の印象としては、ミヤマカイト様は交友関係こそ凄まじいものの当人は過去の勇者役のような一般的な異世界人……いえ、もちろん多くの交流関係を築いているので人格等が極めて優れており、コミュニケーション能力なども高いのだとは思っていましたが……この認識は修正すべきでしょうか?」
「ええ、私も以前であればその認識でした。ですがある程度カイト様との付き合いを経て理解したのですが、あの方の本当に凄まじいところは、機を引き寄せる力と圧倒的なほどの精神的強度ですね。運命に愛されているとしか思えないほどに、あまりにも絶妙で的確な場面で機を引き寄せるのです。広い街中で偶然、そこで出会う事が利に繋がる相手に出会う。意図せずに、双方にとって有益と言える縁を紡ぐと、ともかくあの方自身は普通に行動しているだけなのに、周囲への影響がとてつもないのです」
「機に恵まれるというのは、商売に関わる者としては羨ましく思う部分もありますが、エリス様が戦慄した表情で語るほどとなると、また次元が違うのでしょうね」
事実として、運命にも世界にも愛されており、それどころかネピュラの関連で数多の超常者たちからこれでもかというほどの加護を得ているおかげで、縁や機会、運といった要素が絡む事象に関しては、快人はほぼ無敵といっていいレベルであり、そこに感応魔法や持ち前の人を見る目なども合わさり、最高神や六王といった者たちでも快人の直感をかなり重要視していたりするほどである。
「例えるなら、そう、巨竜の羽ばたきとでもいうべきでしょうか……カイト様は巨大な竜であり、我々は小鳥……あるいは羽虫です。カイト様自身は普通に羽ばたいているつもりでも、その巨大な翼が起こした突風で私たちは吹き飛ばされてしまうというべきでしょうかね。とにかく周囲に与える影響が凄まじいのです」
「な、なるほど、本人にとっては意識して狙っている行動ではないため、我々の側としても予測がし辛いと……精神的強度というものに関しては?」
「カイト様はとにかく異様なほどに精神がタフで、人付き合いをまったく苦や負担に感じていないのです。例えばイメージしてもらいたいのですが、コーネリア様がパーティに参加したとします。参加者は全て顔見知りで、ある程度知った間柄ですが、100人近くおり、その全員に挨拶しなければならない場合はどのぐらい疲労しますか?」
「100人に挨拶ですか……しっかりと休憩を挟みながらというのであればともかく、いくら見知った間柄でもそれだけの挨拶をこなせば、半分を越えれば精神的な疲労は隠せなくなるでしょうし、終盤ではまともな応対ができるかどうか……」
雑談などを交えずに簡単な挨拶と短いやりとりだけをして、ひとりあたり3分程度の時間で終わらせたとしても5時間、貴族としてパーティなどにも慣れているコーネリアでも、正直あまり想像したくはない状況だった。
「……先日に開催されたカイト様の誕生日パーティでは、カイト様は一切の休憩なく450人以上から連続でプレゼントを受け取り、ある程度の会話もこなして……その上でまったく疲れた様子もなく平然としていました。というより思い返してみれば、カイト様が明確に精神的に疲労している場面を見たことがありません」
「……ちょっと待ってください、いまイメージを修正します。私は、過去の勇者役を参考として異世界人の方と出会う想定で来たのですが……神々と相対するという心境で臨むことにします」
「ええ、それがいいですね。私も今日まで様々な対策を講じ、入念に想定と考察を重ねて準備してきましたが……それでも安心感がまるで湧いてこないんです。ともかく、相応の覚悟を持って臨んでください」
「不安になってきました。物凄く……」
迫真の表情で語るエリスに、コーネリアも言いようのない不安を感じながら頷く。
エリスは確かに聡明であり、ここまで確かな知識を持って様々な想定を重ねてきた。しかし、あえて足りない部分を上げるのであれば、快人関連……K案件に対する経験値だろうか?
もし仮に、この場に世界で最もK案件を潜り抜けてきた圧倒的経験値を持つリリアが居たのなら、達観したような目で的確なアドバイスをくれただろう。
『いえ、残念ながらカイトさん相手に想定とか対策とかは意味ないです。そういうことすると、ワザとやってるんじゃないかってぐらい全部すり抜けて予想外のところから胃痛を運んでくるので……カイトさん関連に対して一番有効なのは、諦めの心をもって全て受け入れて、胃痛をケアする方法を考えておくことです』
と、すべてを諦めたかのような目で語ってくれただろうが、残念ながらエリスもここまでそれなりに胃痛の被害を受けてはいるが、まだリリアのように諦めと達観の領域までは到達できてないため、この時点ではただただなんとも言えない不安に怯えていた。
エリスちゃん「カイト様の思考を考えたり、状況を考察したり、可能な限りの対策を講じて不測の事態に備えて頑張らなければ……で、でも、これで本当に全部対応できるのだろうか?」
リリアちゃん「……カイトさん相手に対策とか意味ないですし、自重もしてくれないので防ぐのは無理です。胃痛は起こる、絶対起こるので、諦めて発生した後で胃へのダメージが尾を引かないようにするのが一番ですね」
シリアス先輩「なるほど、確かに経験の差を感じるというか、最強の胃痛戦士の貫禄よ……」