約束のお茶会③
快人を招待する茶会の当日、ハミルトン侯爵家の自室ではエリスが真剣な表情で最終確認を行っていた。茶会自体は午後からではあるが、当然主催者である彼女は早い段階から忙しくしており、入念な再確認を行っていた。
(紅茶、菓子類……すべて問題ありませんね。さすがに完璧にとは言えませんが、ニフティの店舗に行った際や、カイト様が私の店に買い物に来た際の様子から、カイト様の好みに合っているだろうと考えられるものを揃えました。カイト様の性格上過度な飾り付けは好まないでしょうし、飾り等はシンプルにしてあります。天気も晴天で、予定通り庭が見えるテラスでの開催で問題は無いですね。特注の結界魔法具も設置済み、転移阻害結界は当家で用意できる最高のものを……盗み見や盗み聞ぎへの対策も問題ありませんし、会場内に出入りする使用人を含めたすべての身辺は再調査済み……)
ともかく快人が貴族の茶会に参加するというのは、貴族社会内ではかなりの大事件であり、さすがに情報を隠しきるのはアリスでもない限りは不可能であり、茶会の情報も多くの貴族が知るところだ。
もちろん「できれば自分も参加したい」という手紙なども多かったが、断固として拒否して厳選な選考の上で選び抜いた子息のみとなった。
「エリスお嬢様、失礼いたします。コーネリア・シャロン様がお見えになられました」
「ええ、分かりました。私の部屋に通してください」
程なくしてメイドの案内でエリスの私室にやってきたのは、上品で落ち着いた雰囲気ながら、見るからに質のいいドレスを着た女性であり、ダークグレーのふんわりとしたセミロングに薄緑色の瞳が特徴的な貴族令嬢。アルクレシア帝国に属する貴族、シャロン伯爵家の令嬢であるコーネリア・シャロンだった。
「ごきげんよう、エリス様。本日は、素晴らしい会にお招きいただき心より感謝しております」
「ごきげんよう、コーネリア様。早い時間に呼んでしまって申し訳ありません」
「いえ、私も可能であれば茶会の前に一度エリス様とお話しておきたかったので、むしろありがたいお誘いでした」
穏やかに微笑みながら話す両者は、幼馴染といっていい間柄でありシャロン伯爵家は、ハミルトン侯爵家派閥内の有力貴族ということもあって、家同士の付き合いも多く親しい間柄と言っていい相手だった。
「……それにしても、随分と質のいい服やアクセサリーですね。あえて落ち着いたデザインにしているようですが、素晴らしい質ですね」
「……ええ、その……両親が少々張り切ってしまいまして、舞踏会や夜会ではないのですから豪華絢爛なドレスというわけにもいかず、とにかく材料の質に拘ったようですわ。この一着で、夜会用のドレスが何着作れるかを考えると少々頭の痛い思いですが、父と母の気持ちも分からないわけではありませんからね」
シャロン伯爵家は魔法具関連の交易に強く、アルクレシア帝国の貴族の中でも上位に位置するほどに財力のある貴族だ。そして今回は娘であるコーネリアの茶会用に、ハイドラ王国の最新の流行を取り入れ、高価な素材を惜しみなく使った服とアクセサリーを用意していた。
パッと見た感じでは落ち着いた上品な服装という印象なのだが、見るものが見ればその高価さに気付くといった品である。
「まぁもちろん、女を武器に下品に取り入れという話では無く、お恥ずかしながら今回の席でかの御方に多少なりとも私が気に入られて欲しいと、そんな風に考えているのでしょうね。最近のハミルトン侯爵家、とりわけエリス様の注目度は凄まじいですし、その躍進具合を羨ましいと感じている部分はあるのでしょうね」
「そうですね。外から見れば、確かに最近短期間でハミルトン侯爵家や私が得ている恩恵は凄まじく、羨ましいと感じる気持ちも理解できます。コーネリア様もそう感じているのでしょうか?」
「……もちろん多少の羨む気持ちはありますが、それ以上に感じているのは警戒や驚愕でしょうか……私もエリス様とはそれなりに長い付き合いですし、ある程度はそのお考えの方向も理解しているつもりです。エリス様やハミルトン侯爵閣下であれば、ある程度貴族間の噂が大きくなったところで、全体のバランスを考慮してあえて勢いを抑えたりすると認識していますが、その様子が無くどんどんエリス様の名声が高まっているのを見る限り……抑えていないのではなく……エリス様やハミルトン侯爵閣下であっても、抑えられないのではないかと……」
「……はい」
「……あの、エリス様? 私の方から話題にしておいてなんですが、なんて目で微笑むんですか……ま、まるで数多の試練を越えてきたかのような……え? そ、そんなに……ですか?」
「………………はい」
美しい微笑みのはずなのに、背後に巨大な悲しみを背負っているかのような哀愁が漂うエリスの様子を見て、コーネリアはなんとも言えない表情を浮かべつつ、己が想像している以上に今回の茶会はとんでもないのではと、そんな不安を抱いていた。
シリアス先輩「貴族令嬢の胃をぶん殴るという快人の性癖にまた巻き込まれそうなやつが……なるほど、魔法具関連に強い貴族家ね……なるほど……トップくるけど……胃は平気かね?」