閑話・約束された茶会に備えて
アルクレシア帝国ハミルトン侯爵家の一室、最近やけに使用頻度が上がってきた重要な話し合いを行うための部屋には、エリスとハミルトン侯爵夫妻の姿があり、テーブルの上には大量の書類が置かれていた。
「ある程度候補は絞れてきましたが、さすがに調査資料なども含めると膨大ですね」
「ああ、しかしこの件は絶対に手抜かりがあってはいけない。ハミルトン侯爵家の総力を挙げて徹底的に情報を洗っておいた。そうなればの量の資料も仕方ないだろう」
エリスの言葉に重々しくハミルトン侯爵が頷き、机の上に置かれた資料の内の一枚を手に取る。そこにはアルクレシア帝国のすべての貴族の名前がズラッと並んでおり、当主だけでなく嫡子、それ以外の子もまだ生まれて間もない子も含めて可能な限り全ての名前が記されており、そのうちのいくつかに印があった。
「……それでは、カイト様を招待する予定の茶会に招く貴族家の令嬢、令息の最終選定を行っていきましょう」
「人柄のみを重視して選べれば気が楽なのだが、背後関係もしっかり洗っておかねば、誰が付いているか分からんからな」
「どうしても貴族的な横や縦の繋がり上、断りにくい要請もあるでしょうし、細かな可能性まで洗うべきですね」
エリスの言葉に、ハミルトン侯爵と夫人も真剣な表情を浮かべて書類を吟味する。そう、エリスたちが現在行っているのは、以前に快人と約束した茶会に招待する者の最終選定だった。
さすがに最初に約束してからそれなりの日数が経過しているので、そろそろ招待状を送る段階には持って行きたいところではあるが、状況が状況なので参加者は慎重に選定する必要がある。
元々の話し合いで貴族家当主は除き、令息や令嬢を中心に少数招く形で執り行う予定ではあるが、ともかく快人の影響力が凄まじいため、それにあやかろうとあの手この手を使ってくるであろう貴族を対策する必要があった。
「お父様、同行者はどうしましょうか?」
「……認めんというわけにはいかんだろうが、通常通りでは利用してくる者がいるだろうな」
貴族の茶会における同行者というのは、つまるところ護衛のことである。馬車等で待機するのではなく、茶会の会場内に入って待機する護衛を、同行者と表現する。
理由は単純で、護衛と表現すると角が立ち、招待を行った貴族や会場の警備を信用していないような印象を与えるため同行者という表現にしている。
「同行者を禁止すれば、なにかあった際にどうするつもりだとくだらない文句を言ってくる貴族も居るでしょうね。茶会に招待した相手でもないのに、文句を言ってくるのは呆れるばかりですが……」
「まぁ、貴族社会なんてのは牽制のし合いで成り立っているようなものだ。難癖を付けて足を引っ張ることばかり考えている連中は呆れ果てるが、そう言った牽制でバランスがとれている部分もある。なんにせよ、余計な隙になりそうな部分は対策するべきだろうな」
なんの制限もなく普通の茶会のように同行者を認めた場合は、同行者として貴族を連れてくる可能性が出てきてしまう。
基本的には護衛を連れてくる場合はほとんどではあるが、明確に護衛でなければならないというわけではないため、抜け道として利用されてしまう可能性がある。
「……同行者は貴族以外に限定するのが最善ですかね?」
「そうだな。異例ではあるが、それならば護衛を排除したというような形にはならないだろう。難癖をつけてくる連中はいるだろうが、返答はしやすい」
「誤解ではありますがカイト様は、貴族嫌いと認識されている部分もあるので、招待状を受け取った者も納得しやすい可能性がありますね」
ハミルトン夫人が提案した同行者は貴族以外に限定するという一文を招待状に書き足す方向で話は纏まり、続いて本題と言える招待する者の選定に移る。
「……令嬢を呼ぶ上で、下心を抱きそうな者は排除すべきですね。すでに婚約者が居る者が理想でしょうか?」
「ですが、その場合は仮にカイト様がいずれかの令嬢を望まれた際に、問題が起こる可能性はありませんか?」
「う~ん、カイト様の性格上、令嬢を愛人に望んだりというのはまずありえないとは思います」
「なるほど、それに関しては直接付き合いのあるエリスの方がカイト様の考えは理解しているでしょうし、先ほどの私の発言は忘れてください」
ハミルトン夫人が、エリスの言葉を聞いて納得したように頷くのを確認してから、ハミルトン侯爵も口を開く。
「令息は目ぼしい者が居るか?」
「それが……カイト様に年齢の近い者ですと、すでに爵位を継いでいたり、皇城等で役職に就いている者が多くなってしまいますし、それ以外でハミルトン侯爵家と関わりがあり、人格的に問題ないと私が判断できる相手はほぼいない状態です。お父様は、誰か候補はありますか?」
「いや、貴族家当主及び、当主ではないものの貴族としてなんらかの役職などに就いてるものを除外すると、確かに候補となる者は少ないな。何人か人格的に問題はなさそうな相手はいるが、派閥が違う……あくまでエリスが個人で主催する茶会とはいえ、呼ぶのは難しいな……場合によってはミヤマカイト様との茶会を餌に派閥替えを唆していると取られかねん」
「なるほど……ではやはり、令嬢を中心に選んでいくことになりそうですね」
今回の茶会はあくまで貴族的な繋がりは関係なく、エリスが個人的な繋がりを持つ友人と行う茶会……という名目なので、招待できる相手にも制限がある。
その中で、快人と話が合いそうで、なおかつ性格的に問題ない者を選びつつ、他の貴族の横やりにも備える必要があるので、かなり難しい。
そのまましばらくハミルトン侯爵家の三人は真剣な表情で話し合い、茶会の招待客を選定していった。
胃痛の悪魔「ここでボデ胃ブローをひとつまみ……」
シリアス先輩「オイオイオイオイオイオイオイオイオイオイ、誕生日パーティで散々ぶん殴られた上に、パーティの後にも胃痛を喰らってた令嬢だぜ? それなのに、まだ追撃で胃を殴ろうっていうのか? それってあまりにも可哀そうじゃないか?」
胃痛の悪魔「あくまで以前から約束していたお茶会に招待するというエピソードが行われるだけで、彼女は普通に招待してもてなせばいいだけです」
シリアス先輩「ナアナアナアナアナアナアナアナアナアナアナアナア、もてなすだけだって……『同行者』なんていう見えてる地雷どころか見えてるナパーム弾を用意してるじゃないか。それにエリスは登場からいままで散々胃痛を受けてきてきたわけだし、あまりにも哀れじゃないか、慈悲を与えてしかるべきだろう? しかも、今回の件だけじゃなくて後に快人宅を訪問するってイベントまで残ってるわけで、これからエリスが受けるであろう胃の痛みは想像もできない!!」
胃痛の悪魔「胃をぶん殴ります」
シリアス先輩「だから気に入った」