避暑地に行く事にしよう
風の月8日目。リリアさんに想いを伝えてから一夜明け、俺はのんびりと街を散策していた。
俺とリリアさんは晴れて恋人同士になった訳だが、リリアさんはやっぱりリリアさんで、誕生日パーティーの間は終始真っ赤な顔をしており、こちらが申し訳なくなるほど緊張していたので、あまり多くの会話は無かった。
しかし今までと違って、真っ赤になりながらも必死に俺と会話をしようと話しかけてきていて……なんというか、それが物凄く可愛かった。
ともあれ無事にプレゼント大作戦は成功した訳で、現在はクロとの約束通り三日間は大人しくする事にした。
一応クロに確認したけど別に謹慎とかって訳では無く、三日間は慌ただしくしないでのんびり過ごすようにって事らしい。
最近は部屋に籠りっきりだったし、たまにはこうして一人でのんびり散歩するのも良いものだ。
屋台で食べ物を買ったり、なんの用途に使うのか分からない商品が並んでいる店を眺めたり、そんな事をしながら歩いていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「……あれ? ミヤマくん?」
「え? あっ、フィーア先生。こんにちは」
声をかけられて振り返ると、そこには法衣に身を包み手に黒い大きなカバンを持っているフィーア先生の姿があった。
「うん。こんにちは……こんな所で会うなんて奇遇だね。買い物かな?」
「あ、はい。適当に見て回ってるだけですが……フィーア先生は、診察とかですか?」
フィーア先生の手に持つ大きなカバンは、なんとなく医療道具が入っている感じだったのでそう尋ねてみると、フィーア先生は優しげな笑顔を浮かべて頷く。
「うん。診察の帰りだよ……病気には治癒魔法も効果が無いし、そもそも診療所まで来るのが難しい患者さんもいるからね。月に何回かは訪問診療をしてるんだよ」
「成程」
相変わらずの優しい医者という雰囲気で、フィーア先生はなんだがホッとするような人だと思う。だからこそ医者なのかもしれない。
っとそこでフィーア先生は俺の顔を見て、少し考えるような表情を浮かべてる。
「……う~ん。ここで会ったのは、ある意味良いタイミングだよね……ミヤマくん、魔界の避暑地に興味ないかな?」
「え? 避暑地、ですか?」
「うん。ほら最近は暖かくなってきたでしょ? この国はそんなに気温が変化しないから分かり辛いけど、魔界の一部とかだとこの時期は凄く熱くなるんだよ。それで避暑地に旅行に行ったりするのが定番になってるんだ。人族も結構旅行に行ったりするよ」
「へぇ……うん? でも、それが俺となんの関係が?」
確かこの世界では光の月が夏で、天の月が冬だと聞いた覚えがある。
シンフォニア王国は年中春みたいな感じで気温の変化は少ないが、地域によっては暑くなる場所もあるらしい。
だから避暑地があるというのは納得できたが、なぜそれをこのタイミングで俺に聞いてくるのかが分からず首を傾げる。
するとフィーア先生はカバンの中から一枚のカードみたいなものを取り出して口を開く。
「実は明日明後日と予約を取ってて、急に病気になって行けなくなった患者さんが居てね。日頃のお礼にって、私に予約を取った券をくれて……断り切れずに貰っちゃったんだけど、丁度産期が近い妊婦さんとかも診察しててね。私はどうしても時間がとれないんだよ……けど折角貰ったものを使わないのも勿体ないから、良かったらミヤマくん行ってみない?」
「え? いや、でも……」
「ミヤマくんにはノアさんの治療でお世話になってるからね。忙しいなら仕方が無いけど、そうじゃないなら受け取って欲しいかな?」
「……う~ん」
なんだか申し訳ない気分になるが、折角の厚意を無下にするのも悪い気がする。
それに丁度のんびりしようとしていた所だし、避暑地というならそういうのにもうってつけの気がする。
俺はそのまましばらく考えた後、フィーア先生が差し出してくるカード……予約券を受け取る。
「……では、折角なので御厚意に甘えさせてもらいます。このお礼はいつかちゃんと……」
「あはは、それじゃあべこべだよ。私の方が頼んでるんだからね」
「そ、そうでしょうか?」
「うんうん。気にしなくて良いよ……どうしてもお礼をって言うなら、今度話相手にでもなってくれればいいからさ」
「……はい。ありがとうございます」
優しく笑うフィーア先生にもう一度感謝の言葉を告げ、そのまましばらく雑談をした後で別れた。
拝啓、母さん、父さん――クロとの約束で最低三日以上はゆっくりする事になった訳だけど、街で偶然出会ったフィーア先生から、なんとも申し訳ない事だが旅行券を頂いてしまった。まぁ、ともかく、折角貰ったのだから――避暑地に行く事にしよう。
去っていく快人に手を振って見送り、快人が完全に見えなくなった所でフィーアはチラリと視線を物陰に移しながら呟く。
「……言われた通りに渡したけど、アレで良かったの? ルーちゃん」
「はい。ご協力いただき、ありがとうございます」
フィーアが呟くと同時に物陰からルナマリアが姿を現し、フィーアに頭を下げてお礼を告げる。
実は先程フィーアが快人に渡した旅行券は、患者から貰ったものでは無く、ルナマリアから快人に気付かれないように渡してほしいと頼まれた物だった。
「でも、なんでわざわざこんな回りくどい事を? ミヤマくんに旅行券渡したいだけなら、ルーちゃんが直接渡せば良いのに……」
「いえ、ミヤマ様は最近私の事を警戒しているので、素直に受け取って下さらない可能性が……」
「警戒って……まさかっ、ルーちゃん! また悪戯とかしようとしてるんじゃ……」
「ち、違います!? こ、これはあくまでミヤマ様の為に……」
「……」
「ほ、本当です!」
フィーアから疑いの目を向けられ、ルナマリアは大慌てで弁明の言葉を発する。
ルナマリアにとってフィーアは昔から母の主治医として交流があり、彼女自身フィーアを姉のように慕っている為……彼女にしては数少ない頭が上がらない相手だった。
「むぅ、とりあえず信じるけど……あんまりリリアちゃんとかにも迷惑かけちゃ駄目だよ?」
「は、はい。気をつけます」
「うん、よしよし……それじゃ、私は診療所に戻るね。また今度、お茶でも飲みにおいで」
「あっ、はい。お疲れ様です」
フィーアに頭を撫でられ、恥ずかしそうに頬を染めながらもルナマリアは抵抗しない。それは彼女がそれだけフィーアを慕っているという証明でもあり、他の者が見たら驚く光景かもしれない。
フィーアはルナマリアの頭を撫でた後で踵を返し、診療所に向かって歩きながら顔だけルナマリアの方に振り返って笑顔を浮かべる。
「それじゃあ、またね。ルーちゃん」
「はい……って、フィーア先生!? 前っ! 看板が!?」
「へ? ――ふぎゃっ!?」
アルベルト公爵家の屋敷、その執務室ではリリアが机に座って考え事をしていた。
リリアは誕生日が終わった後、纏まった休みを取る事に決め、今日の昼までに必要な伝達を終え……現在は執務室で腕を抱えていた。
「……休みって、なにをすればいいんでしょう?」
「働き過ぎを拗らせるとこうなるんですね。恐ろしい話です」
ボソリと呟くリリアの言葉を聞いて、ルナマリアが心底呆れた様子で言葉を返す。
元々真面目でロクに休みをとらないリリアは、とにかく休むのが下手だった……それこそ放っておけば休みでも仕事を始めるほどに……
そんなリリアを見て溜息を吐いた後、ルナマリアは懐から一枚のカードを取り出してテーブルの上に置く。
「でしたら、お嬢様。久しぶりに私と旅行にでも行きませんか?」
「え? ルナと、ですか?」
「ええ、元々母と行くつもりだったんですが……母の都合が悪くなりまして、折角なのでと……ほら、以前に行った避暑地ですよ」
「ああ、あの静かで景色の良いところですね。良いですね……私も丁度ゆっくり疲れを取ろうと考えていた所ですし……」
リリアはルナマリアの提案を聞いて、乗り気な口調で告げ、それを聞いたルナマリアは口元にニヤリと笑みを作る。
「では、決まりという事で……」
「はい。あっ、ちゃんと旅費は払いますからね」
「分かりました……では、私は当日母を送ってから行きますので、少し遅れます」
「うん? 別に私は出発が遅くなっても構いませんよ?」
「いえいえ、お互い知らない場所ではありませんし、現地集合にしましょう」
「……そうですね。分かりました」
そう言って穏やかな微笑みを浮かべるリリアに旅行券を手渡した後、ルナマリアは一礼してから退室する……意地の悪い笑みを浮かべた表情で……
まさかルナマリアに仕組まれているとはつゆ知らず、リリアは翌日からの旅行を楽しみにしている様子で手早く支度を始めていた。
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シリアス先輩「ガタッ!?」