誕生日パーティの後で⑦
ライフの仮祝福を受けて帰ってきたエリスに驚愕したハミルトン侯爵夫妻ではあったが、ある程度落ち着いて話を進めていけば状況的にはむしろ悪くはないと思えた。
「……最近侯爵家ではなく、エリス個人に恩恵などが集まりすぎていたからな。妙なことを考える者が出る前に、いくつかの事業の責任者をエリスにすることで、お前にも一定の権威があると周囲を牽制する必要があるかと思っていたが、生命の女神様の祝福となれば話は変わってくるな」
エリスが考えていたようにハミルトン侯爵も、他の貴族などがエリスに嫉妬し敵に回る可能性を考え、エリス自身にある程度の権威を与えようとは思っていた。
今後快人と交流を続けていくという上で、エリスが少し動きにくくなるというデメリットはあるが、エリス自身の安全のためにも必要だと考えていたが……ライフの祝福により話は変わった。
神族の個々の裁量による部分が大きいとはいえ、神族にとって祝福は重要であり、ライフの祝福を受けたエリスを害するということはライフに喧嘩を売るに等しい。それで実際にライフが動くかどうかは別として、他の貴族たちはエリスに手を出すことはできなくなったと考えていいだろう。
尚、ハミルトン侯爵家の面々は知る由もないが……ライフは最高神の中で最も神族的な考えの存在だ。六王祭の時のような特殊な例は別として、今回のように己の意志で祝福を行った場合、ライフの認識としてエリスは己の庇護下に入っている。
エリスが害されるということはライフ、ひいてはシャローヴァナルに対する敵意であり、仮にそれが起こればライフは即座に動いて相手を粛清するだろう。そういう意味でも、後ろ盾としてはライフの祝福は極めて強力かつ、実際に効果のあるものであった。
「考えるべきことは多いが、全体的に考えると利益が大きいのは流石ミヤマカイト様というべきか……」
「そうですね。胃は、痛いですが……」
胃へのダメージはともかくとして、エリスにとっては的確にいま必要だったものを得れている状況であり、間違いなく大きな利にはなっている。もちろんそれはそれとして、胃は非常に痛いのだが……。
「ところでエリス……それで終わり、というわけではないのですよね?」
「はい。それでは次の要件に移りますね。ロード商会の会長であるサタニア様に挨拶が叶いまして、サタニア様はカイト様に評価されている私を同様に高く評価してくださっているようで……ほぼ確約に近い形で、ハミルトン侯爵家との取引を提案してくださいました」
不安げな表情で尋ねてくるハミルトン夫人に対し、エリスは一度頷いてから次の話を進めていく。そしてそれもまた凄まじい内容であり、ハミルトン侯爵も思わず頬を引きつらせた。
「それはまた、凄まじいな……ロード商会との繋がりはこちらにとっても非常に大きい上、元々ロード商会は革新派を後押ししてくれている商会だ。関係を深めるのは、今後を考えれば極めて有用と言えるだろう。もちろん調整などで大変な部分もあるが……」
「ええ、サタニア様は取引の提案についてもこちらに委ねてくださっているので、こちらが話を持ち掛ければほぼ確実に応じてくださると思います。だからこそ慎重に考える必要があるかと……ラサル様との取引もありますし……」
「手が広がりすぎてしまうか……これに関しては、貴族たちというよりは他の商会などに変な恨みを買ってしまわないように注意すべきだな」
「ええ、ただ……恐ろしい話ではあるのですが、本当になぜか的確に……それを解決できるであろう繋がりも、今回のパーティで得てしまっています」
ロード商会と行うならかなりの大口の取引になるし、ラサルが持ち掛けてきた採掘関連の事業もある。ハミルトン侯爵家が様々な方面に手を広げているように見える為、それに乗っかるために取引などを持ちかけてくる商会は増えるだろうが、いくら侯爵家とは言え取引先を無制限に増やせるわけもない。
できるだけ不興などを買うことなく、そういった話を断っていく必要があるが、商会や商人は貴族とはまた別のネットワークを持つため、やりにくさはあった。
「……解決できるであろう繋がり?」
「はい。その……冥王クロムエイナ様に挨拶を許され……クロム様と愛称で呼ぶことも許可されました」
「「……」」
なんとも言えない表情でエリスが告げた言葉に、ハミルトン夫妻は揃って天を仰いだ。誕生日パーティに参加しただけのはずの娘が、生命神の祝福を受け、五大商会の一角から取引の確約を貰い、六王の一角と知り合ってきたとなれば、現実逃避もしたくなる。
しかし、これも快人の飛び抜けた幸運のなせる業なのか、このクロムエイナとの繋がりは非常に大きい。クロムエイナは各分野のトップクラスの商会のトップに君臨する存在であり、言ってみれば世界的に見て商会や商人の頂点と言えるような存在だ。
その人柄も相まって経営難の立て直しや援助を相談されたり、商会同士の衝突の仲裁を頼まれたりすることも多く、クロムエイナに頭の上がらない商会というのは非常に多い。クロムエイナと繋がりがあるだけで、商会関連ではあまりにも恩恵は多い。
「……いちおう念のために確認するのだが、冥王様にそこまで好意的に接していただいたのは……」
「……カイト様が私を高く評価してくださっているかららしく、クロム様もカイト様から私の話を聞いていると、非常に好意的な様子でした」
「本当に桁違い過ぎる……ワシの経験が全く通じない」
普通に考えていかに温厚で有名なクロムエイナとはいえ、初対面でそこまで好意的な関係を気付くのは困難だ。クロムエイナ自身も己の影響力は理解しており、特に貴族と接するときはその辺りを注意して最低限の接触に留めているのだが……快人から高評価というフィルターは、それすらも簡単に取り払ってしまう。
「……できればこれで話は終わりと、そう言って欲しいのだが?」
「……まだあります」
恩恵は非常に大きいのだが、それに比例するかのように胃の痛みも大きく、ハミルトン侯爵家の三人はまるで示し合わせたかのように揃って天を仰いだ。
シリアス先輩「本来なら0から友好度を地道に積み重ねて交流を持たないといけないところを、快人から高評価だと有効度の初期値が50とか80とか、そんな感じになるわけか……」
???「的確に必要な交友を胃痛と共に与えてるのが、なんともカイトさんらしいですね」