誕生日パーティの後で⑥
本当に胃に穴が開いてしまったのかと思うほどの胃の痛みを覚えつつも、生命神の仮祝福の効果によりむしろ肉体はパーティの疲れなど感じないほどに活力に満ちており……「神の祝福でも精神的な胃痛には及ばないのかと」そんな事を思いながらも、エリスは専用の転移ゲートを通る。
すると直後に見覚えのあるハミルトン侯爵家の邸宅の前に移動しており、チラリと空を見てみればまだ太陽は高い位置にあった。
(あちらの世界ではそれなりに長く過ごしていましたが、事前に聞いていた通りこちらに戻ってくるとほぼ時間は経過していないのですね。かくも神々の力の凄まじさを思い知らされますね)
快人の誕生日パーティに関しては前日入りしていたのだが、時計を取り出して確認してみるとハミルトン侯爵家を出た翌日の朝10時という時間であり、あちらの世界で過ごした時間を考えると計算はまったく合わないが、そこは常識の範囲外である世界創造の神々の所業であり、あまり疑問に思うこともなくエリスは家の中に入る。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「ええ、ただいま戻りました。お父様とお母様は?」
「奥の部屋でお待ちです。ご案内します」
玄関で声をかけてきたメイドと軽く言葉を交わした後、エリスはメイドの案内で父と母の待つ部屋に向かう。エリスが快人の誕生日パーティに行くという話は事前に両親にも通っており、終わった後で報告や相談を迅速に行えるように両親ともに今日は予定を開けてエリスの帰りを待っていた。
「お父様、お母様、ただいま戻りました」
「ああ、お帰り……案内ご苦労だった。下がっていい。この先は最重要の要件以外では、誰も入室させないように」
エリスの挨拶に軽く答えた後で、ハミルトン侯爵はメイドを下がらせテーブルの上に置いていた魔法具を起動し、外に会話が漏れないようにした。
そして、エリスの表情を見て……なんとも不安そうな表情に変わる。
「……なんて目をしてるんだ我が娘よ。まるで、いくつもの修羅場を潜り抜けてきたかのような」
「何事もなく……というわけではなさそうですわね。これは、私たちも覚悟して聞かなくては……」
もちろんハミルトン侯爵、夫人共に願っていたのはエリスが特に何事もなく無難にパーティを終えて戻ってくることだったのだが……エリスの表情を見る限り、なにか報告や相談すべき内容があるのは明白であり、それがふたりの表情を硬くさせる。
「いったいどこから話すべきか迷いますが……ひとまず、最も重要と思われることを先にお伝えします。私も正直まだ気持ちが追い付いてないのですが……生命神ライフ様に仮祝福をいただきました」
「……」
「……」
室内になんとも言えない沈黙が訪れた。ハミルトン侯爵も夫人も唖然とした様子で硬直しており、エリスの発した言葉にまったく理解が追い付いていなかった。
それでもさすがは現宰相というべきか、ハミルトン侯爵は少しして混乱から立ち直り口を開く。
「……な、なぜそうなるんだ? かつての六王祭の折のようなことがあったのか?」
「いえ、第一回目の六王祭の時のように全員に行われたのではなく、私個人に行われたものであり……それどころか生命神ライフ様を名で呼ぶことを許され、今後もある程度定期的に交流を希望するとのことです」
「……ま、待て待て……なぜだ!? なぜそんなことに……いったいどんな経緯があれば、生命の女神様と直接話をすることに……」
「それなのですが……」
快人の誕生日パーティに出掛けた娘が、なぜか最高神の仮祝福を貰って帰ってきたとなっては、ハミルトン侯爵も冷静でいられるわけもない。
明らかに困惑した様子の両親に対し、エリスは可能な限り丁寧に事情を説明した。
「……なるほど……確かにその条件であれば、お前が最も適した存在になるのか……」
「はい。根本的に、カイト様の知り合いでアルクレシア帝国に住んでいる人族という条件を満たすものが少ないというのも要因のひとつだとは思いますが、それ以外にも……やはり、なぜか……私はカイト様にかなり高く評価していただいているようでして、そのカイト様から高評価というのが私の想像以上に様々な方々の初対面時の印象に影響があるようでした」
「それだけ、ミヤマカイト様が人を見る目に優れているということでしょうか? まぁ、確かにアレほどの交友関係を築き上げるほどですし、神々ですら信を置くほどに確かな目を持っているのも納得ができる話ではありますが……その……本当にミヤマカイト様は貴女を望むような様子はないのですか?」
快人から高い評価を得ていることが、非常に大きな影響を持っているということに納得しつつも、ハミルトン夫人はエリスに確認するように尋ねる。
「少なくとも、話している限りではそういった印象は受けませんね。話しやすい友人として高く評価してくださっているのは間違いないと思うのですが、異性として云々という思惑を感じたことはありません」
「精神的な相性か……なんにせよ、少し我々も考えを改めるべきだろう。少なくとも我々の想像以上にミヤマカイト様からエリスに対する評価は高いと、その認識で話を思わぬ部分で失敗をすることになる」
なんともありがたい話ではあるのだが、同時に大変に胃の痛い話でもあると……エリスだけでなく、両親も無意識にソッとお腹に手を当てていたのは、無理もないことなのかもしれない。
胃痛の達人「フルコンボだドン! もう一回殴れるドン!」
シリアス先輩「本当にやめて差し上げろ……エリス→ハミルトン侯爵夫妻への胃痛コンボによる連鎖……可哀そう」