閑話・見つけた居場所、得た最愛
イプシロンは雅と暮らすようになってから、雅と一緒に食事をすることが定番となっており、今回も当然ふたりで一緒に食事を行う。雅の用意してくれた夕食を食べて、イプシロンは感動したような表情を浮かべる。
「今日の焼き魚は随分と美味だな」
「え? あっ……本当ですね。いつもよりかなり美味しい……いい魚だったのかもしれませんね」
明らかにいつもより美味しく感じる料理だったが、雅の方は特にこれといって調理法などを変えた覚えもなく、たまたまいい食材を買うことが出来たのかもしれないと納得していた。
しかしこれには理由がある。というのも、雅は転生の際に魂を破損し、本人の認識としては記憶の一部を失ったのみと認識していたが、その際に異世界人特有の魔法適正も失っていた。
それが今回マキナにより魂が修復されたことで、言霊に近い魔法が復活しており料理がいつもより美味しいのは、雅が料理をする際に「美味しくな~れ、美味しくな~れ」と呟きながら調理することが多く、それが効果を発揮して実際に料理の味が向上していたのだが、それに気付けるような要素はない。
「それにしても、新しい世界を作っての誕生日祝いとは、とてつもないですね」
「実際ミヤマカイト様の影響力は計り知れないからな。むしろ別の世界でやるぐらいでなければ大きな騒ぎになる可能性が高いと考えれば、必要な処置ともいえる」
「なるほど……その凄い影響力を持つ人が、上手く言いくるめてくれたらオズマ様も恋愛に積極的になったりしませんかね?」
「難しい気がするな。ミヤマカイト様自体が恋愛に意欲的というよりは、周りに好意を抱かれやすく、周りから積極的にアプローチをした結果関係が進展するというような印象だ」
「う~ん。残念……せめてオズマ様がもうちょっと弱ければ、力尽くで既成事実なりなんなり作ってしまえば手っ取り早いのですが、難しいものですね」
残念そうに呟く雅を見て、イプシロンは思わず苦笑した。なんだかんだで自分と気が合うだけあって、お淑やかに見えても発想が直線的というか、戦王配下っぽい思考であるとそんな風に思ったからだ。
他愛のない雑談を行いつつ夕食を食べ終え、食器を片付けた後はふたりで晩酌を行うのが定番である。雅が作った肴を食べつつ、お猪口に注いだ酒を軽く口に含む。
イプシロンも戦王配下として賑やかな宴会なども好んでいるし、強い酒を大量に飲んだりということもあるのだが……最近ではどちらかと言えば、こうして雅とふたりでゆっくりと酒を楽しんでいる時間の方が好きだと感じるようになっていた。
まぁ、どちらも楽しい時間ではあるので比較するだけ無意味ではあるが……。
「そういえば、パーティの準備には過去の勇者役も四人ほど来ていたぞ」
「ああ、移住した方たちですね。記憶が戻るまでは、自分が異世界人って感覚が無くて、勇者役も同郷って認識じゃなかったんですが……記憶を取り戻したいまとなってはちょっと会ってみたい気もしますね。私が暮らしていた頃よりかなり未来の人たちなので、話を聞いてみたいですね」
「機会があれば紹介しよう……と言っても、私もミヤマカイト様以外とはほぼ話したことはないがな。しかし、それはそれとして、やはり記憶を取り戻した影響というのはあるのか?」
「う~ん、意外なとこに影響というか……ほら、私が作ってる織物ですが、自分では全然問題ないと思ってたんですが、思い返してみると記憶を失った後は色合いとか模様がちょっと変かなぁと思う部分がありますね。昔見た着物とか模様とかを無意識に参考にしてる部分があったんでしょうね」
雅は趣味と実益を兼ねて織物を制作しており、日本風の生地を販売している……主な購入者はブロッサムなのだが、それ以外にもそれなりに売れてはおり、最低限の収入はあった。
「なるほど、過去の記憶が知らず知らずに経験として生かされていたりという部分があったわけか」
「はい。とはいえ、記憶を取り戻すまでは分りませんでしたけどね」
「失って初めて分かるものもあれば、得たり取り戻して初めて分かるものもあるか……」
「なにが切っ掛けで気付けるかなんて、気付く前には分らないものですよね……でもまぁ、記憶に関していえば残念ながら、イクス様とオズマ様の関係進展に役立つものは無かったですね」
「……相変わらず、熱心なものだな」
「もちろんです! イクス様とオズマ様の恋愛事情を手助けした後で、私はイクス様と結婚するつもりですからね! むしろ手早く進展して欲しいです。でも、オズマ様はどうにも究極の独身主義者って感じで手強いですね。やっぱり時間をかけて徐々に進展するほうが……でもそれだと……」
アレコレと真剣な表情で考える雅を見て、イプシロンは酒を一口飲んで苦笑を浮かべた。失ってから気付くものもあれば、得てから気付くものもある……先程語ったその言葉は、イプシロン自身の経験に基づくものだった。
思い返してみれば、先にオズマを好きになり積極的にアプローチをかけ始めたのはアグニだった。
オズマに対する好意に嘘はない。その強さを心から尊敬して憧れているし、性格なども好意的に感じている。異性の中では一番好きな相手だと迷うことなく口にできる。
だがしかし、その好意の中に『幼い頃から競い合っていたアグニへの対抗心』がまったく影響していないのかと聞かれれば、答えに悩む部分もある。
(オズマ様が、アグニよりも私の方を苦手にしている様子なのは、その辺りを感じ取っているのかもしれないな)
重ねて言うがオズマへの好意に嘘はない。だが、例えば……実力もイプシロンより上で、自己蘇生なども容易に行える実力者であるオズマにはまずありえない想定ではあるが、もしも仮に雅のようにオズマが死んでいたとしてたら……果たしてイプシロンは雅の時のような状態になっただろうか?
いや、恐らくならない。悲しみはするだろう、涙も流すだろう、寂しさも感じるだろう……だが最終的にはイプシロンはオズマの死を割り切って受け入れる。すでに過ぎ去った大切な思い出として、心に深く刻み歩み出すだろう。
少なくとも雅を失った時のような……感情を抑えられずに一晩中泣き続け、どんなものに縋ってでも絶対に雅と一緒にある日常を取り戻すのだと、禁術を求めて行動することは無いだろう。
実際あの時のイプシロンの精神状態は、本当に鬼気迫るものであり……メギドに話した上で許可は得ていたが、あの半年間イプシロンは戦王配下としての行動はなにひとつせず、一時の休みすらなくアイシスの居城の書庫で禁書を研究し続けていた。
その時の様子たるや、アイシスが声をかけることを躊躇い、アリスが思わず手助けをしてしまうほどの必死さだった。
「ミヤビ」
「え? あっ、はい!」
雅に軽く呼びかけて膝を叩くと、雅はすぐにイプシロンの意図を察して、どこか嬉しそうな表情でイプシロンの膝の上に座った。
男性と比べても高身長なイプシロンとやや小柄な雅では、それなりに対格差もある。膝の上に座る雅を軽く後ろから抱きしめつつ、イプシロンは雅の肩の上に顎を乗せて目を閉じる。
ふたりで飲んでいる時にはよくあるスキンシップ……酒を飲んでいる中の小休止のような時間ではあるが、イプシロンに抱きしめられている雅はニコニコと嬉しそうで、イプシロンも穏やかな微笑みを浮かべて幸せそうにしている。
イプシロンが異性として一番好きな相手はオズマだ。だが、同性まで含めるのなら、一番大切な存在は雅であり、そのなによりも大切な宝物は己の手の中にある。
イプシロンとしては別に雅との結婚が先でも構わないのだが、雅の方になにかしら拘りがあるなら、それにのんびり付き合うのもいいかと思っている。
どのみちこの先離れる気も無ければ離す気もなく、ずっと一緒にいるつもりなのだから、なにひとつ焦る必要は無く、雅のペースに合わせようと思っている。
「……ミヤビ、明日は私は仕事はないからどこかに出かけようか? そういえば、ノイン殿が異世界に関する品を取り扱う店を開いたらしい」
「小皿とか欲しいと思ってたので、そういった取り扱いもあればいいですね。でも、それよりなにより、イクス様と一緒にお出かけできるのが嬉しいです」
「ふふ、大げさな……何度も一緒に出掛けているだろうに」
「いえいえ、何度出かけても好きな相手とふたりで出かける時間というのは特別なんですよ」
「なるほど……確かに、そうかもしれないな」
楽しげな様子の雅に、イプシロンも同様に楽し気な表情で答える。得てみなければ分からないこともある。意外と自分は、一番大切なものに関しては強く執着するタイプであるというのも、新しい発見だと感じながらイプシロンは腕の中の雅に問いかける。
「ミヤビは……いま、幸せか?」
「はい、もちろんです! いまも幸せですし、これからもきっと幸せです。なにせ私は、これから先もずっとイクス様と一緒に居るつもりですから」
「そうか、なら、その期待を裏切らない様にしないとな……」
そんな風に話で笑い合うふたりは、穏やかでどこか甘いような雰囲気に包まれていた。
シリアス先輩「……おふっ……想像よりだいぶいちゃついてる(絶望)……当たり前のようにバックハグしていちゃついてるし……こいつらは危険だ……」




