閑話・信仰心は全てを解決する 後編
膨大な時間をかけ、ついに満足のいく快人像を作り上げたオリビアは、いままで以上に深く質がいいと感じる祈りを終えて立ち上がる。
今後もこの快人像に祈りを捧げられると思うと胸が躍る思いであり、無事に目的を達成したのでこの空間も不要……快人像を教主の間に移動させて、作り出していた亜空間は消滅させようと考えたところで、ふと思い至った。
(……シャローヴァナル様の像も作った方がいいのでは? ミヤマカイト様の像を作り、祈りを捧げることで自分自身でも驚くほど素晴らしい祈りを行えました。祈りを行う環境が祈りの質に大きく影響すると分かった以上、シャローヴァナル様への祈りもより質の高いものにすべきです。となれば、やはりシャローヴァナル様の神像を……)
そう考えたオリビアは新しい大理石を用意して今度はシャローヴァナルの像を作り出した。こちらに関していえば、快人の像ほど時間はかからなかった。
快人の像を制作する過程でオリビアの腕前が極まっていたのが要因ではあるが、それでも何度か作り直すことにはなった。
そうして快人の像とほぼ同じサイズのシャローヴァナルの像が完成し、オリビアは満足そうに頷いた。
(これで問題はありません。これから先このミヤマカイト様とシャローヴァナル様の神像に見守られながら祈りを行えると思うと、光栄かつ幸せな気持ちになります。きっと素晴らしい祈りを捧げられるでしょう)
完成した二つの像を教主の間に置くと、まさに快人とシャローヴァナルに見守られながら祈れるような空間が完成し、オリビアは非常に満足そうに頷いた。
極めて強い信仰心と集中力、特殊な空間での膨大な試行錯誤により世界最高峰と言っていい彫刻技術を獲得したオリビアだったが、彼女はその能力を他に語る気も無ければ、現状のところ新しい作品を作る気も無かった。
彼女にとって彫刻はあくまで、敬愛する快人とシャローヴァナルに対しより質の高い祈りを行うための神像を作るために必要だった技術であり、祈りの環境と整える手段でしかない。
別に彫刻そのものに強い関心は無く、根本的に自己顕示欲も皆無と言っていいオリビアがその能力をひけらかすことはありえない。
それこそ、聞かれれば答えるだろうが、聞かれない限り誰にも彫刻で神像を作り上げたことを話すことも無かっただろう。
実際にその後に、アリスから快人とシャローヴァナルを喜ばせるための余興として披露してほしいと言われることが無ければ、彼女の彫刻技術が知れ渡ることなどは無かった。
ただし、全くなんの影響も無いというわけではなく、高い彫刻技術を身に付けたことで起こった変化があった。
それはオリビアが祈りを終えて都市代表として書類を確認しようと執務を行う部屋に移動した際の事だった。執務用のテーブルの端に置かれた、祈りの鐘を模した卓上インテリア……快人とのデートの際に気に入って購入したそれを見て、オリビアは少し微妙そうな表情を浮かべた。
(改めて見てみると、この祈りの鐘は少々作りが雑過ぎる気がしますね。教会や神殿に頻繁に足を運べない一般市民が自宅などで祈りを行う際に使用するもの……安価での販売を想定した品である以上、ある程度は致し方ないのかもしれませんが、祈りを行う環境や道具が祈りの質に影響を与えるのは私自身が実感しましたし、一般市民の方々にとっても、より良い品の方が祈りの質の向上に繋がるのではないでしょうか?)
高い彫刻技術を身に付けたことで、卓上インテリアの造詣の雑さが気になった。もちろんそのインテリアはあくまで飾りであり、オリビアの考えているような祈りに使われることは少ないのだが……それを彼女が知る術はない。
(いっそ、神教で制作して販売するのはどうでしょうか? 私がしっかりと監修すれば、細部まで完全な祈りの鐘を作り出すことは可能ですし、利益などはたいして気にする必要も無いので安価にして一般市民にも購入しやすいようにする。サイズもいくつか用意して、卓上に置けるものや、小さめな部屋に置けるものなど、用途に合わせて選べるようにすればいいですね。販売する場所は、とりあえず中央大聖堂でよいでしょう。祈りを行いにきた帰りに購入すればいいのですし……)
それもまた思い付きからのものではあったが、これがのちに大きな利益を生むことになった。そもそもの話、神の実在するトリニィアにおいて信仰心の高い者は多い。
特に人族は新年にほとんどの者が神や神官から祝福を受ける上、月に一回程度は教会や神殿に足を運んで祈りを捧げるような者もかなりの数が居た。
自宅等で就寝前や起床後などに祈りを捧げる際に対象とできる祈りの鐘……それも教主自らが監修に関わった、極めてクオリティの高い品となれば需要は高く、原価に近いような安価の卓上用のものだけでなく、それなりのサイズの部屋用のものや、広間用の大きなサイズの祈りの鐘も飛ぶように売れたため、極めて大きな利益を神教にもたらすことになり、最初は中央大聖堂だけでの販売だったのが各地の神殿や教会でも販売を請け負う様になったりしていった。
もっともそんな大きな利益を生み出すようになる品を完全監修で作り上げたオリビアは、まったく気にすることもなく、利益にも欠片も興味が無い様子で早々にすべての権利など中央大聖堂に譲渡。本人は快人とシャローヴァナルの像に加え、祈りの鐘も新しく制作した教主の間で幸せそうに祈りを捧げていた。
シリアス先輩「ああ、自分用に作ったからあくまで教主の間に置いてるだけで、快人の像とかをあちこちに置いてたりするわけじゃないのか……オリビアから狂気を感じないのは、この辺りの抑えるべきところをしっかり抑えるからかもしれない」




