大きく変わっていく予感がした
本日は二話更新です。これは二話目なのでご注意を。
リリアさんが会場から去った後、俺は少々身構えていた。
というのも、俺自身そんな気は全く無いが……どうも貴族の人達の間では、俺は結構有名らしく、そうなるとこの先に待ちうける状況というのが見えてくるものだ。
ダンスの誘い等上手く断れるか? っと、そんな事を考えていたのだが……何故か、予想と違った結果になっていた。
出入り口付近に居る俺の元へ近付こうとした貴族は、何故かタイミング良く他の貴族に話しかけられたり、ダンスを申し込まれたりで、結果として俺の元には寄ってこなかった。
あまりにも俺に都合のいい状態に首を傾げていると、囁く様な声が聞こえてくる。
「……カイトさん、右のテーブルを見てください」
「アリス? どうしたんだ、急に……右のテーブルって、あれか?」
姿が見えないままで声をかけてきたアリスに首をかしげつつ、言われた通りに右のテーブルを見ると、そこには様々な料理が載っていた。
立食形式のこの場では、料理は基本セルフサービスで、テーブルのは割には小皿を持った数名の貴族の姿も見えた。
「ええ、その上に美味しそうなローストビーフが見えますよね」
「……見えるな」
「……頑張ってる私には、御褒美があっても良いと思うんです」
「……何切れ食べたいんだ?」
成程。ようやく理解した……さっきから寄ってくる貴族が、タイミングよく他に流れているのは、アリスが部下を使って上手く誘導してるからだったのか……うん。これは確かに頑張ってるし、凄く助かってる。
そう考えた俺は料理が置いてあるテーブルに移動し、またもタイミング良く元々居た貴族達が他の貴族に話しかけられるのを見ながら、ローストビーフを小皿にとり、スッと右に皿を動かす……と、乗っていたローストビーフが消える。
「ん~流石王宮、素晴らしい味っすね! タダ飯ほど美味いものはありませんよ」
「ほら、他にも食べたいのがあるならとってやるから」
「え? やだ、珍しく、カイトさんが私に優しい! コレは来ましたね。フラグ立ってますね。アリスちゃんの魅力にメロメロってことですね!」
「……もうこれ以上食べたくないって事かな?」
「ああっ、ごめんなさい。嘘です。食べます!」
こんな場であっても、相変わらずのアリスにどこか安心感を覚えつつ、リリアさんが戻るまでの間、色々な料理をとりわけ、アリスに食べさせてやった。
自分で食べればいいとも思ったが、アリスは「こっちの方が美味しい気がするんです」と訳の分からない事を言っていた。
しばらくそのまま食事を続けていると、後方から足音と同時にリリアさんの声が聞こえてきた。
「……か、かい、カイトさん!? おま、お待たせしました!?」
「り、リリアさん!? あ、いえ……」
リリアさんの声が聞こえてくると同時に、つい先程あった出来事を思い出してしまい、妙な緊張を感じながら振り返ると……
「……えと……」
「さ、ささ、さあ、アマリエの所に向かいましょう」
「……あの、リリアさん?」
「ひゃい!?」
振り返った俺の目に映ったのは、見慣れたリリアさんだったが……リリアさんは耳まで真っ赤になった状態で、完全に明後日の方向に顔を逸らしていた。
なんていうか、恰好がちょっと面白い。
「……なんで、明後日の方向を?」
「そ、そそ、それは……えと……こ、こっちを見ていたいからです!!」
「……そ、そうですか……」
嘘、下手過ぎる……間違いなくリリアさんが、真っ赤になっているのは先程俺にした行動が原因だと思う。
というか、実際俺だって自分ではよく分からないが、たぶん顔が赤くなってると思う。
「じゃ、じゃあ、アマリエさんの所へ行きましょうか……」
「は、はは、はい! いきましょう! そうしましょう!!」
「リリアさん、その、少し落ち着いて……」
「は、はい……申し訳ありません」
明らかにテンパってる様子のリリアさんに落ち着くように促し、一緒にアマリエさんの居る上座へと向かう。
道中、俺達の間に全く会話は無く……なんというか、物凄く気まずいが、状況が状況だけになにも切り出せない。
リリアさんの先程の行動が、ただのスキンシップ等では無い事ぐらい、いくら俺が馬鹿でも分かる。
その、つまり、リリアさんは俺の事を……そういう対象として見て、好意を抱いてくれている訳で……それは、なんというか、その……嬉しい。
リリアさんは、俺がこの世界に来て初めに出会った人で、ずっとお世話になっている方だ。
優しく暖かな人で、俺がこの世界での日々を心から楽しめているのは、リリアさんと出会えたからというのが大きい。
イメージしていた貴族とは違うけど、凄く立派な強い女性で、一歳しか年齢は違わない筈なのに、心から尊敬できる……そんな人物だ。
けど、それだけじゃなくて、楽しそうに笑ったり、驚いたり、怒ったり泣いたり……そんな年相応の感情豊かな部分もちゃんとある。親しみやすい人。
なにより底抜けに優しくて、いつも、いつも、本当に心から俺の事を気にかけてくれた。
異世界に来たばかりで右も左も分からなかった俺に、この世界の事を教えてくれて……衣食住という、生きていく上で欠かせないものを提供してくれた。
女性ばかりの屋敷に来た俺に悪影響が無いようにと気を使ってくれ、わざわざ生活に必要なものまで買いそろえてくれた。
図らずも様々なトラブルに巻き込まれ、とんでもない方々と知り合ってくる俺に困らされながら、それでもそれを迷惑だと思った事は一度もないと、当り前のように告げてくれた。
色々なしがらみと重荷を背負いながら、全く表には出さずに頑張り続ける困った癖はあるが……本当にどうしようもなく魅力的な女性だと思う。
そんなリリアさんの事をどう思うかと問われれば……好きに、決まっている。
本当に改めて考えてみれば、それはストンと当り前のように心の奥に落ち着いた。
今までも少なからずリリアさんに対して好意を抱いていたんだと思う……だけど、感謝、そして日頃迷惑をかけている申し訳なさが先行して、気付く事が出来なかった。
うわっ、どうしよう……自覚すると、なんか……滅茶苦茶恥ずかしくなってきた!?
「……か、カイトさん!?」
「え? あ、はい!?」
するとまるで図ったかのようなタイミングでリリアさんが緊張しながら話しかけてきて、体が大きく跳ねたのを自覚しつつ返事をする。
リリアさんは相変わらずこちらを向かないままで、熟れたリンゴのように真っ赤な顔を俯かせながら言葉を続ける。
「きょ、今日の事は……わわ、忘れて下さい!?」
「え?」
「だ、だから、先程の、えと、えと……とと、とにかく、忘れてください!」
「ごめんなさい、無理です」
「えぇぇぇ!?」
今日の出来事……つまり先程のキスを忘れてくれというリリアさんに対し、俺は即答で無理だと返した。
いや、だって、ほら、リリアさんがなんといっても……無理なものは無理だ。
慌てた様子で詰め寄ってくる……周りの注目を集めている事に全く気が付いていないリリアさんに、無理だと返しながら会場を進んでいった。
拝啓、母さん、父さん――改めてリリアさんの事を考えてみれば、自分の気持ちにはすぐに気付く事が出来た。それだけ、俺の中ではリリアさんの存在が大きく、そして強くなっていたんだと思う。奇妙な気恥ずかしさを感じつつ、これから先のリリアさんとの関係が――大きく変わっていく予感がした。
シリアス先輩「……これで終わり……な訳ないよね?」
【むしろここから本番】
シリアス先輩「デスヨネー……鬱だ……」