宮間快人生誕記念パーティ㉒
互いに意識せずに軽く会釈をして通り過ぎたりするのなら問題なかったが、三者とも足を止めてしまったため、ここで会話を行わないのは不自然である。
そして香織は即座に待ちの態勢となった。異世界人というやや特殊ではあるものの、香織は一般市民であり公爵家当主であるリリアや侯爵令嬢であるエリスと比べると立場が低いため、彼女から動くというのはあまりいいとは言えない。
決して日和ったのではなく、合理的な判断であり、今後迫り来るであろうストレスに向けた防御重視の戦法でもある。決して冷や汗が流れたりしないし、心の中で「快人くんヘルプー!!」と叫んでいたりはしない。
対してもうひとり、エリスも静かに待ちの態勢に入った。彼女は貴族であり、特に貴族の力が強いアルクレシア帝国においては立場の上下というのはかなり重たいものである。
侯爵令嬢であるエリスよりも上位者といえる公爵家当主のリリアがこの場にいる以上、エリスが先んじて発言をするべきではないし、初対面であるリリアに対して挨拶をするにしても立場が高いリリアが声をかけてこない限り、彼女の側から声をかけるのは不敬にあたる。
社交界で磨かれた対人スキル、淑女教育で身に着けた冷静な状況判断、静かなるその姿は雄大な世界樹を思わせる安定感があった。
……さて、三人中ふたりが待ちの態勢になってしまった以上、この場において会話の主導権を委ねられたのはリリアである。
彼女も公爵家の当主であり、こういった場において立場が高い己が動かなければ会話が進行しないのは分かっているため、まずは最初にエリスの方を向いて口を開く。
「ハミルトン侯爵家のエリス令嬢とお見受けします。こうしてご挨拶をするのは初めてですね。シンフォニア王国アルベルト公爵家当主、リリア・アルベルトです」
「シンフォニアの美しき白薔薇の君にご挨拶申し上げます。アルクレシア帝国ハミルトン侯爵家嫡子、エリス・ディア・ハミルトンと申します。この度、お話の機会をいただけて光栄です」
リリアが自己紹介をしたことで、エリスも丁寧に頭を下げながら挨拶を返す。その貴族同士の洗練された所作での挨拶を感心したように眺めつつ「これ、ワンチャン私は蚊帳の外では?」と考えていた香織だったが、すぐにリリアは香織の方を向いて口を開く。
「香織さんも、以前の船上パーティ以来ですね」
「あ、はい。お久しぶりです」
香織は以前の船上パーティの際に料理のアドバイスを行うために何度か快人の家を訪れており、その際にリリアのことも紹介されているため軽く挨拶をした程度ではあるが、面識はあった。
そして面識があるのはエリスも同じであり、リリアとのやり取りがひと段落したのを見て、エリスも香織に声をかけた。
「カオリ様、以前はご来店ありがとうございました」
「あ、はい。こちらこそいい買い物をありがとうございました。な、なんというか、顔見知りとはいえ貴族ふたりに囲まれると緊張しちゃいますね」
「どうか気を楽にしてください。私もアルベルト公爵も些細なことを咎めたりするような者ではありません」
「ええ、この場においては爵位など気にせず、皆共通したカイトさんの友人ということで問題ないと思いますよ」
リリアもエリスも心優しい性格であり、緊張している香織を気遣う言葉を発して、それに対して香織も少しホッとしたような表情を浮かべた。
三人の間の空気が緩み、このまま穏やかな雑談が進行するかと思われたタイミングで……唐突に平穏は破られた。
「リリア、少し聞きたいのですが、構いませんか?」
「シャ、シャローヴァナル様!?」
「「ッ!?!?」」
突如現れたシャローヴァナルがリリアに声をかけ、香織とエリスはこれでもかというほど大きく目を見開いた。
(あばばばばば、シャ、シャ、シャローヴァナル様!? あわわわ、こ、こんな近くで見たの初めて……か、神の美貌って凄い……ああいや、それ以前に体の震えが止まらないし、息苦しい)
(な、なんてことを……私としたことがあまりの驚きに反応が遅れてしまいました。この場においては即座に跪くのが正しい対応ですが、すでにアルベルト公爵と会話を始めたこのタイミングで、いきなり動くのは不敬……となれば、会話の切れ目を……い、いえ、カオリ様ともタイミングを合わせる必要が……)
シャローヴァナルに声をかけられたリリアもそうだが、いきなり世界の頂点に遭遇した香織とエリスは大パニックであり、両者ともに凄まじい胃の痛みを感じていた。
だが、悲しいかな……話はそこで終わらなかった。
「……シャローヴァナル、我が子を怯えさせるとは……さすがに看過できません。速やかに我が子から離れなさい」
「エ、エデン様!?」
続けて現れたのは船上パーティの時と同じくマキナと同時に参加していたエデンであり、香織をかばう様にしてシャローヴァナルを睨みつける。
「別に怯えさせたつもりはありませんが?」
「魔力を抑えろという話だと、理解できませんか? 神威を纏った魔力をか弱い我が子が受ければ、その身を委縮させてしまうのは必然でしょう。常識的な考えを身に着けてほしいですね」
「……貴女に常識を語られるのは、それはそれで釈然としないものがありますね」
バチッと両者の間に静かに火花が散ったかのように見え、リリア、エリス、香織は青ざめた表情で、ほぼ同時に胃の痛みをこらえるようにお腹を押さえていた。
シリアス先輩「きたぞ、新築記念パーティ以来の唐突な世界の危機」
???「まぁ、今回は止められるやつ多いので大丈夫でしょう。胃痛戦士たちの胃はともかく……」




