宮間快人生誕記念パーティ⑱
快人に誕生日プレゼントを渡し終え、軽く挨拶をした後で壇上から離れたエリスはホッと心の中で一息ついた。
(……これで一先ず一番重要な部分は終わりましたね。まだまだ気が抜けないとはいえ、少しだけ気は楽になりました……しかし、それにしても……圧巻という他にない規模ですね。幻王様曰く、今回この場に来ているのはカイト様と自己紹介が済んでいる者のみということでしたので、お父様やお母様は来られませんでしたが……まぁ、来ない方が正解だったかもしれませんね。世界の頂点がそろい踏みどころか、異世界の神様までいらしている訳ですから……パーティにある程度慣れている私でも委縮してしまいます)
エリスは快人と知り合ったのが船上パーティ後であったため、前回開催された船上パーティを知らない。快人の知り合いが一堂に会しているという場面を見るのはこれが初めてであり、あまりにも凄まじい顔ぶれに気圧されているといってもよかった。
それでも厳しい淑女教育の賜物か、畏縮などを表に出すことは無く傍目には穏やかで落ち着いているようにすごせていた。
(本当に幸いだったのは、私が個人的に知り合いと呼べる方は多くないという点でしょうね。というより、カイト様から聞いて知ってはいましたが、やはり貴族が少ないですね。これだけの規模のパーティで、各国の頂点と呼べる方々が揃っていて、貴族がほぼいないという光景は少々不思議な感じですね)
快人の交友関係に貴族が圧倒的に少なく、かといって別に平民ばかりというわけでもない。なんなら伯爵級最上位クラスの名の知れた魔族はほぼ全員揃っているし、それ以外でも高名な者も多いので、貴族が極端に少ないといえるような光景だった。
(スコット伯爵夫妻が居たのには驚きましたね。シンフォニア王国内でも上位と言っていい財力の有力貴族ではありますが、アルベルト公爵家と関係が深いわけでもないので、あまりカイト様との接点は無いように思えますが……いえ、それを言ってしまえば私もアルクレシア帝国のハミルトン侯爵家の者ですし、偶然にどこかで知り合ったのかもしれませんね。ハイドラ王国の貴族はひとりも居ないようですが……あの国は爵位を返還して商人になった貴族なども多いですし、そもそも貴族の数が少ないですね)
トーナメントの賑わいを聞きながらゆっくりと歩きつつ、エリスは今後の展開を考えていた。立場的な面を考えれば、アルクレシア帝国の者……あるいは人界の貴族相手と歓談などを行うのが無難に感じられた。
七姫の一部や教主、ラサルなどといった快人との縁で知り合った立場の高い者たちもいるが、親しい間柄というわけでもなく快人と一緒というわけでもないので、簡単な挨拶に留めて長く話したりはしない方がいいだろうと考えた。
(交流を持てれば喜ばしい相手は多いですが、どうしてもこの場で声をかけに行けば下心があるように受け取られかねませんし、あくまで私はハミルトン侯爵家の代表ではなく個人で参加しているので、コネクション作りなどを目的とした交流は避けるべきですね。そもそも、カイト様の縁を利用するのよな行動はしたくありませんし、基本的には人族で顔を知る相手と歓談しつつ、声をかけられれば応じる形で……)
頭の中で冷静に状況を分析して、今後の行動を考えていたエリスだが……悲しいかな、快人絡みでそういった安牌的な予想が上手くいくことは……ない。
「すまない、少しいいだろうか?」
「はい、なんでしょ――っ!?」
「ハミルトン侯爵家の令嬢で、間違いなかったと思うが……」
「は、はい。ハミルトン侯爵家の嫡子で、エリス・ディア・ハミルトンと申します。お噂はかねがね」
「ああ、そう畏まらなくて構わない。知っているようだが、こちらも自己紹介を……ロード商会、商会長のサタニア・ダークロードだ」
唐突に声をかけてきたのは十魔モロク……もとい、サタニアだった。
(ご、五大商会の一角、国家に匹敵するほどの財力を有すると言われるロード商会を統べる女傑、悪魔公サタニア・ダークロード様が、な、なぜ私に声を!? た、確かにロード商会はアルクレシア帝国に拠点を構える商会ですが……ハミルトン侯爵家とは、いままで一度も取引などは無かったはず。当主である父相手ならともかく、ただの令嬢に過ぎない私になぜお声を?)
かなりのビックネームと言えるサタニアが、いっかいの侯爵令嬢でしかない己に声をかけてきた理由が分からず、困惑するエリスだったが、そんなエリスに対してサタニアはどこか穏やかな表情で告げた。
「突然声をかけてすまない。今後を考えて、一言挨拶をしておくべきと考えて声をかけた」
「それは、ハミルトン侯爵家に対してということでしょうか?」
「いや……場合によってはいずれ取引などが絡むかもしれないが、あくまでハミルトン侯爵家に対してではなく、エリス令嬢個人に対して挨拶をしておこうと思ってな」
「わ、私にですか? し、しかし、私は特にロード商会に目をかけていただけるようなものはなにも……」
「謙遜する必要は無い。ミヤマカイト様に高く評価されているというだけで、山脈の如く積んだ金銀財宝より遥かに価値がある。貴殿の今後に、個人としてもロード商会としても、注目させてもらうつもりだ。力になれるようなことがあれば、是非一報を入れてほしい」
「は、はひぃ……こ、光栄です」
持って回った言い回しではあったが、サタニアが告げたのは……「今後エリスがなにかしらの取引を持ち掛けて来るか、助力を求めることがあるなら、ロード商会はそれに応じる用意がある」というものであり、いきなり告げられたあまりにも高い評価に、エリスは思わず意識を飛ばしそうになった。
サタニアは先程快人とエリスのやり取りが聞こえており、快人がエリスのことを非常に高く評価しているのを理解しため、アルクレシア帝国の貴族でそれだけ快人に注目されている存在なら是非声をかけて交流を持っておこうと考えての声かけだった。
しかし、サタニアの正体が十魔モロクであり、快人に対して極めて高い忠誠心を持っているということを知らないエリスは終始……なぜ、そんなに己が高く評価しているのかまったく分からずに混乱しつつ、痛む胃を押さえていた。
シリアス先輩「有能でポンコツ感とかは全く無い筈なのに、いつも冷静に今後を分析した直後にぶん殴られてるから、キリッとした顔をした直後にぶん殴られて涙目になってるような印象だ」




