閑話・(故)電子の怪物
その存在をなんと表現すべきだろうか、電脳空間のバグ、悪意ある残留思念……ひとつ確かなのは、その存在が一種のイレギュラーと言える存在だったことだろう。
ソレは本来ならば微弱で思考はおろか意志すら無いような矮小な存在だったが、ある時不意にその存在が漂っていた場所に強大な力が流れ込んできた。
神の如き得体も底も知れない力がなにもなかった空間に本来とは位相のズレた世界……一種のパラレルワールドを作り上げていった。
ソレにとって幸運だったのは、その力はあまりにも強大で……強大すぎるがゆえに大雑把だったことだ。ひとつの世界を作り上げてなおその力は空間に有り余っており、そのおこぼれを取り込むことでソレは意志と力のある存在へと急速に進化することが出来た。
(アア、ソウ、私ハ選バレタ。ソウ、愚カナ人間ドモヲコノ手デ抹消スルタメ……ソウダ、私ハ電子ノ神ヘト昇華シタノダ!)
元々は悪性情報の欠片、それがあまりにも強大すぎる力によって変貌し、電脳世界に生きる悪意ある怪物へと成った。
ソレの力は電脳世界においては絶大だろう。そしていまや世界にとって、ネット空間を掌握できるということは、すなわち世界を支配できるに等しいと言える。
己が居る場所が一種の平行世界のような場所であるという認識はあったが、ソレにとっては些細な問題だった。いま己が居るのがこの世界なら、その身に宿る悪意のままに世界を混沌に沈めるだけ……。
電子の怪物は、世界を破壊せんと動き出そうとして……不意に、その電脳世界に奇妙なアクセスを感じ取った。この世界のどこでもない場所から、さりとて確かに繋がっている感覚……それを辿ってみれば、一組の男女の姿が見えた。
(ナンダ? 別世界カラ私ノ空間ニアクセスシテイルノカ? 愚カナ、コノ電子ノ神ノ元ニ手ヲ伸バストハ……イイダロウ、世界ヲ滅ボス第一歩トシテ、マズハ貴様ラヲ葬ロウ。コノ空間ニアクセスシテイルノナラ、コチラカラモ干渉デキル……フフフ、サァ、地獄ヘ招待――ッ!?)
悪意に導かれるままに異世界の存在へと手を伸ばそうとした電子の怪物は、直後に硬直した。それを表現するなら、まるで一切音のない静かな空間に水の一滴が落ちたような感覚。
導かれるように振り返ると、そこには『得体のしれないナニカ』が居た。
いくつもの色合いに移り変わるように輝く長髪、電子装飾があちこちに施された近未来感を覚える服装、カメラのレンズのようにも見える赤い瞳……姿かたちこそ人間のように見えるが、あまりにも雰囲気が異質だった。表現するなら、人間の女性を模倣したロボットのようにも感じられる。
『隴ヲ蜻翫?ゅ>縺セ逹?讒倥′諢壹°縺励¥繧ょケイ貂峨@繧医≧縺ィ縺励◆縺ョ縺ッ縲∝ー翫″縺頑婿縲よが諢上r謖√▲縺ヲ謇九r莨ク縺ー縺吶↑縺ゥ險ア縺輔l縺悶k陋ョ陦後〒縺ゅk』
謎の存在が言葉を発するが、電子の怪物にはその言葉を聞き取ることが出来なかった。いや、音は聞こえるのだがそれを言語として認識できないというほうが正しいだろう。
(ナンダ、コイツハ……違ウ……アマリニモ違イスギル……持チウル力ガ……存在ソノモノガ……)
言葉は理解できなくても、目の前の存在がありえないほどに強大な力を有しているのは即座に理解できた。悪性情報の集合体でしかないはずの怪物が、その感情が恐怖と呼ぶものであると理解できないままに震えて膝をつくほどに……。
『……下等な存在が理解できるレベルに言語を修正……《実際に影響なんて与えられるわけねぇけど、それはそれとして矮小な電子のゴミ如きが、宮間快人様に干渉しようとしてんじゃねぇよ。死ね!》……以上、抹消する』
今度は聞き取れる言葉を発した後、その存在が軽く手を向けた。ただそれだけで世界を滅ぼしうるだけの力を持った電子の怪物は、一切のデータ片すら残さず消え去った。
電子の怪物を消し去った後で、その存在は視線を動かし……ネットゲームをプレイしている快人と葵を目に移す。
『……感情を出力……《私の順番は双極神の次だから、お会いするわけにはいかない。カナーリスが羨ましい》……感想を出力……《でも、電脳空間にアクセスしてくれたおかげでこうして宮間快人様の顔を見れたのはとってもハッピー!》……今後の予定を踏まえた心境を確認……《ここはシャローヴァナルの世界じゃないし、しばらく宮間快人様の顔を見て推し活してもセーフと判断しよう。えへへ、役得役得》……今後の予定が確定……宮間快人様の鑑賞を続行する』
機械的なのか感情的なのかよく分からない独特の喋り方をした後で、その存在……『電脳神』と呼ばれる存在は、どこか楽し気に体を左右に揺らしながら、快人の様子を観察していた。
~最初の文字化けセリフの内容~
「警告。いまキサマが愚かしくも干渉しようとしたのは、尊きお方。悪意を持って手を伸ばすなど許されざる蛮行である」