懐かしきMMO④
ブライダルイベントへの参加のためキャラ同士の結婚をしようと葵ちゃんが提案してきたのだが、果たして男キャラ同士でも結婚ができるのだろうか?
俺がプレイしていたころにもキャラ同士の結婚システムというのはあった。ただし男女キャラでの結婚のみであり、結婚によって得られる恩恵もほぼ無いに等しい状態だったので、ネットゲーム内の恋愛の一巻という印象だった。
「葵ちゃん、俺のキャラも葵ちゃんのキャラも性別が男性だけど結婚とかできるの?」
「え? ああ、大丈夫ですよ。最近の多様性重視の世論もあって2年前ぐらいに結婚システムにアップデートがあって、男キャラ同士や女キャラ同士も結婚が可能になってます」
「ああ、そうなんだ。なんか、そういうシステム面でもいろいろ浦島気分だなぁ」
言われてみればなるほどというか、確かにいまの時代は同性の結婚もできないと文句が出たりしそうではあるし、葵ちゃんのように実際の性別とは別の性別を選んでいる人も居るわけだから、同性同士の結婚ができたほうがいいだろう。
そんなことを考えてると、ふとあることを思い出した。
「そういえば、ゲーム内が6月のイベント中ってことは……もうすぐ葵ちゃんの誕生日なんじゃない?」
葵ちゃんの誕生日は6月23日だったはずであり、あと2週間ほどだ。
「え? あっ……た、確かに? い、いや、待ってください! でもそれは、なんか納得がいかないというか……召喚時期的に考えると、私は召喚前に誕生日が終わったばっかりのイメージだったんですよ。いや、そもそも1年分のこっちでの成長を一度リセットしてるので体感的には1年以上たってますが……リセットしたところはリセットして元に戻ったって認識でいいと思うんです」
「う、うん? まぁ、確かに俺たちの世界では召喚されたのは夏前だけど、こっちだと年末だったし時期のズレはあるよね」
正直他愛のない雑談と、あわよくば葵ちゃんの欲しいものでも聞き出して誕生日にプレゼント出来たらと思っていたのだが、俺の言葉を聞いた葵ちゃんはなにか焦ったような表情に変わる。
確かに俺たちの居た世界とこちらの世界では時間の流れが違い、俺も自分の誕生日の際にはまだ誕生日って感覚ではなかった。
葵ちゃんと陽菜ちゃんはこっちの世界に戻ってきた時期も俺とは違うし、時期の感覚にズレがあるのは必然だ。
「だから、まだここでは18歳って認識じゃないんです!」
「18歳? ……あっ、ああ……なるほど、それでなんか慌てた感じに……」
フライングボードの大会の打ち上げの際に、葵ちゃんから初恋の相手が俺であることと「18歳になったら……」的な告白に近いような言葉を聞いた。
フライングボードの大会からは数か月経っているが、葵ちゃん本人としては誕生日まではまだしばらく間がある認識だったのだろう。だが思いのほか誕生日が早く来ており、慌ててる感じかな?
「……こほん。いいですか、快人さん、『人か心から恋をするのはただ一度だけである。それが初恋だ』って言葉があります。初恋ってのはとても大事なもので、じっくりしっかり育てていかないといけないんです」
「……な、なるほど?」
「というか、クリスマスとかバレンタインとか迎えてないのに来るのは嫌です! やりたいこととか考えてたんですから……というわけで、今回の私の誕生日は17歳の誕生日のロスタイムと認識して、18歳の誕生日は来年とします」
「……誕生日にロスタイムなんて初めて聞いた……ま、まぁ、葵ちゃんがそれでいいなら別に……」
物凄い理論を持ち出したが、葵ちゃんの意図を読み取ると……前にフライングボードの打ち上げで話をしてから、クリスマスとかそういうイベントでしたいこと……この場合はアプローチかな? それを考えているので、実行する前に18歳になるのは嫌なので誕生日までの期間を延長するとのことである。
……召喚時期のズレとかもあるので難しいところだし、その辺りは本人にとって納得できる形が一番だろうと思うので、葵ちゃんの意志を優先する。
「でもまぁ、それはそれとして17歳の時の誕生日はお祝いできてないし、なにかお祝いしたいところだね。葵ちゃんは、なにか欲しいものある?」
「う~ん、なかなか難しいですね。欲しいものが無いわけじゃないんですけど、冒険者稼業で必要なものだったり、本だったりでいまいち色気というか……」
「じゃあ、一緒に買い物にでも行ってなにか探してみる? いろいろ店を見て回れば、欲しいものもあるかもしれないし……」
「あっ、それいいですね! 是非、そうしましょう!」
いますぐにパッと思い浮かぶものは無かったみたいで、それなら一緒に探しに行こうかと提案すると、葵ちゃんはパァッと嬉しそうな笑顔を浮かべて頷いた。
とりあえずそれで話は纏まり、改めてゲームを再開したわけなのだが……そのタイミングで不意に葵ちゃんが、コテンと俺の肩に頭を乗せるようにもたれかかってきた。
「……正直ちょっと安心してる部分はありますよ。だって、引き伸ばしたところで実質的に想いはもう伝えちゃってますし、快人さんの性格上受け入れてくれないなら変に期待させて裏切らないように言ってくれるはずだと思うので……だから安心してますし……ちゃんと……期待してます」
囁くような小さな声で紡がれる言葉は独り言に近いものなのだろう、少なくともここでその内容に反応すべきではない。それに返事をするのは葵ちゃんが納得して18歳の誕生日を迎えてからだ。
ただ少し、いやかなりか? もたれかかられている肩が熱くなったような気がした。
シリアス先輩「こ、こいつ、なんてヒロインムーブを……いや、分かる。確かに快人の性格上断る気なら、フライングボードからの数ヶ月の間に言ってるはずだし、それを言ってきてないってことは……事実上告白が成立してるようなもので、恋人になる前の状態でのクリスマスとかバレンタインを楽しみたいってそういう……くそがっ!」