特別商品⑬
どこか困惑している様子のチェントさんだったが、俺がネピュラが作った陶磁器を取り出すと目を大きく見開いて、食い入るように陶磁器を見始めた。
ちなみに今回持ってきたのは壺であり、俺の家の庭の風景が描かれたようなデザインになっていた。
「……し、信じられません……た、確かに、後で色を塗ったのではなく焼く前に釉薬で色を付けていないと、この色の雰囲気は出ません。ですが、え? じゅ、十色? そんな、六色すら成功させた者は居ないはずなのに……ですが、この辺りの焼き方は間違いなくシンフォニアの五色焼きと同じ……い、いや、仮に新しい製法や釉薬で可能となったとしても、十色分もの釉薬を塗ってここまで完璧に色を……な、なんて凄まじい腕前ですか……」
「う~ん、私としては綺麗な壺だな~ぐらいの感想なんだけど、チェントがそんなに驚くってことは凄いんだよね?」
「す、凄いなんてもんじゃありませんよ!? これは、陶磁器の歴史をひとつ大きく変えた品といっていいです!!」
どうやら俺が思っていた以上にネピュラが作り上げた新製法と釉薬は凄いらしく、紅茶の革命だとか言っていたアインさんやジュティアさんと同じような雰囲気を出していた。
「これは相当長い年月をかけて、研究に研究を重ねた上で完成させた傑作なので……う、うん? そういえば、カイトさん? 確か前のシンフォニア王国の建国記念祭の際に窯を買う予定と言ってませんでした?」
「え? ええ、窯を買ったのはシンフォニア王国の建国祭以降ですし……たぶんその十色のやつは、本人の発言とかから考えるに、一ヵ月ぐらい前にやってみようって思って作り始めたんだと思いますけど……」
「えぇぇぇ……い、一ヵ月……一ヵ月でこれを? た、確かに、画期的なアイディアというのは時間をかければいいというわけではありませんが、それでも凄すぎますね。今後当分の間はネピュラさんがこの革新的な技術を独占するわけですね。この陶磁器が知れれば他の陶芸家も挑戦しようと試みるでしょうが、それでも相当の時間をかけなければ辿り着くのは難しいでしょうし……ネピュラさんはいま、陶芸の最先端に立っているといってもいい状態ですね」
「あっ、なんかネピュラはたいして拘りは無いみたいで、製法や釉薬の材料とかはリリアさんを通じて広めるみたいですよ」
「ぇぇぇぇ……い、いやいや、確実に陶芸の歴史に大きく名を遺すような功績……」
事実としてネピュラは陶芸家として名を残すことになどサッパリ興味は無いというか、ネピュラにとって陶芸は趣味の一巻であり、別にそれを用いて金銭や名声を得る気というのは全くない様子で、新製法に関してもさっさと広める気でいるみたいだった。
ヒクヒクと口角を動かして信じられないという表情を浮かべるチェントさんに対し、どこかのほほんとした様子でトーレさんが口を開いた。
「まぁ、その辺は開発者の自由だよ。独占して富や名声を得たいって人も居れば、別に気にせず広めるって人も居るでしょ。チェントの言葉通りなら、その製法が広まれば陶磁器の分野が大きく躍進するわけだし、その新製法を色々改良したりでもっといろんな焼き物が出来てくるかもしれないよ」
「た、確かにそれは素晴らしいですね。特にシンフォニア王国の焼き物は五色焼きが完成されすぎていて、一色減らす四色焼きでさえも難しすぎて廃れ気味でしたから、新製法の登場で発展するのは喜ばしいですし、私自身も製法を知りたいという思いはあります」
「それに関してはネピュラに確認を取ってからですが、お伝えできると思いますよ。実際ニフティのブランドで始める予定の新サービスにもその製法は使うみたいなので……ネピュラ曰く、十色は難しいみたいですが七色とかは割と簡単にできるとか……」
「そ、それはまた凄まじいですね……しょ、少々己の常識が一瞬で粉々にされているような気分に戸惑いを隠せませんが……実際に七色の色を付けて焼けるのであれば、楽しみですね」
たぶんまったく問題ないとは思うのだが、そもそも俺がその新製法とやらをネピュラから聞いてチェントさんに伝えるとしても、上手く伝えられる気がしない。
なのでなんかネピュラにメモを書いてもらうとか、そういう方法で伝えよう。
「ああ、それと、その壺に関してはネピュラに許可は貰ってるので、よろしければチェントさんに差し上げますよ」
「ふぇぇぇ……び、美術館に飾ったりするのが正解なのでは……な、なんというか私、いまリリアさんの気持ちが少しわかった気分です」
そういって遠い目をするチェントさんの表情は、確かにどこか……リリアさんが浮かべるものに似ている気がした。
シリアス先輩「新たな被害者が……そして次はシエンの番か……」