特別商品⑨
魔界の死の大地で和やかなお茶会が開催されていたころ、快人の家の裏庭にある亜空間ではネピュラが焼き上がった品を満足そうな様子で見つめて頷いていた。
「いろいろ凝ったおかげで複雑にはなりましたが、綺麗に焼き上がりましたね」
「はい。たはぁ~さすがはネピュラさんですね。まぁ、家紋入りサービスに関してはエリス侯爵令嬢のもの以外は、こっちで用意しますがこの製法だと従来のものよりかなり綺麗に家紋が出せそうですね」
「工夫したかいがありましたね。とはいえ、こうした大型の焼き物を美しく焼き上げられたのは、カナーリスさんが窯に手を加えてくれたおかげですね。妾がいまは出来ることが限られる状態なので、カナーリスさんの助力にはいつも助かってますよ。いつも、ありがとうございます」
そう言って微笑んだ後でネピュラはカナーリスに近づいて軽く頭を撫でる。するとカナーリスは、無表情のままで目から涙を流して感動していた。
忠誠心ガチ勢と自称するほどのカナーリスにとってネピュラの力になれるのはこれ以上ない幸福であり、それどころか敬愛するネピュラ本人から「役に立っている」という旨の褒め言葉までもらい、さらには頭を撫でて感謝の言葉を伝えてもらえるというのは、本当に言い表せないほどの幸せだった。
……尚、丁度そのタイミングでどこかの世界のカナーリスの友人である神がおもむろに立ち上がり、虚空に向けてシャドーボクシングを始めたのだが、幸福の絶頂にあるカナーリスがそれを知るのは……シャドーによって磨かれた拳が叩き込まれてからだった。
屋敷の執務室で今日の仕事をほぼ終わらせ、時間的に余裕ができて訓練でもしようかと考えていたリリアの元にネピュラが訪ねてきた。
「こんにちは、リリアさん。お仕事中にすみません」
「こんにちは、仕事は丁度ひと段落したところだったので大丈夫ですよ。それで、どうかしましたか?」
「ええ、以前お話していたニフティでの家紋サービスの試作品が出来たので、見ていただこうかと思いまして……」
「ああ、サンプルとして当家の家紋を入れているのでしたね」
ニフティが陶磁器に家紋を入れるサービスを行うことはリリアも事前に聞いており、その際に試作品を作る際に試しに入れてみる家紋として、アルベルト公爵家の家紋を使わせてほしいという相談を受けており、リリアはそれを快諾していた。
リリアが頷くのを確認してから、ネピュラはマジックボックスから直径1mを越える大皿を取り出して、テーブルの上に置いた。
「こちらですね」
「こ、これはまた随分大きな品ですね」
「大きめの品の方が見栄えがいいので、試作品として作るのは大皿にしました」
「なるほど、しかし、これはなんと……見事な……当家の家紋だけでなく、天空城と王都でしょうか?」
「はい。アルベルト公爵家にちなんだものにしようと思って、天空城と王都にしてみました。中央に家紋を入れるとバランスがいいですからね」
ネピュラが焼き上げた大皿は、中央にアルベルト公爵家の家紋が大きく描かれ、その背景のように美しい天空城とシンフォニア王都が描かれているデザインだった。
それを感心したように見ていたリリアだったが、その表情は途中から徐々に青ざめていく……。
「……あ、あの……ネピュラさん、こ、これ、まさか……焼き上げた大皿に絵を描いたのではなく、焼き上げた時点で模様として、この絵が完成してるのでは?」
「はい。あとから着色などはしていません。すべて焼き上がった状態のままですね」
リリア自身は陶芸品を収集していたりということは無く、強い関心もない。だが、彼女は貴族家の……公爵家の当主であり、他の貴族との交流などで陶磁器を目にする機会は多いため、知識や審美眼はしっかりと磨いている。
だからこそ、分かってしまった。ネピュラが焼き上げたこの大皿が……現存する技術ではありえないものであるということに……。
「こ、これ、シンフォニア王国の五色焼きに近いように感じられるのですが、明らかに五色ではないですよね?」
「ええ、製法は五色焼きのものを参考に、妾が独自に考えました新製法と独自開発した釉薬を用いて作成しました。現段階では十色までは混ざらずに鮮やかな色合いで焼き上げることが出来るようになっています。これは試作品なので最大の十色で作りましたが、十色は難しいのでニフティで提供する際に七色の焼き色を上限にする予定です」
「……な、なな、なるほど……シンフォニア王国の陶芸に革命が起こりますね。そ、その釉薬などは普通の方法では作成できない特別なものでしょうか?」
「いえ、現存する材料を少し工夫するだけで簡単に作れますよ。妾としては技術を独占する気はありませんので、必要であれば製法や釉薬の材料などを書いた紙をお渡ししますので、リリアさんの好きに使っていただいて大丈夫ですよ」
「……はひっ」
ちなみにではあるが、試作品として焼き上がった品はリリアが譲り受けるという約束になっていた。さもありなんアルベルト公爵家の家紋が大きく入っているので、他に渡すわけにもいかない。リリアが管理するのが必然ではあるが……陶芸界に革命を起こしかねない新技術が使われた大皿……そして、なんの気なしに渡された新製法と五色以上の同時着色を可能とする釉薬の製法……気持ちとしては、ポンッと巨大な爆弾を手渡されたような気分だった。
「……ネピュラさん、ちなみになぜ十色なんて難しそうな……というか、新しすぎる製法に挑戦を?」
「ニフティの焼き物に関して相談をしていた際に、主様が五色焼きの色を増やしたようなものが出来れば綺麗だと仰っていました。主様の願いとなれば、叶えるのが絶対者たる妾です! なので、カナーリスさんと相談した結果、その方向性で開発してみようということになった形ですね」
「……そう……ですか」
ネピュラの返答を聞いたリリアは、なんとも言えない表情で「たぶんその人、適当に思い付きで言っただけで深く考えてはいないですよ」という言葉を飲み込んだ。
シリアス先輩「私が唐突に殴られたと思ったら、胃痛戦士も殴られてた。エリスも凄いと思ったけど、最強の胃痛戦士はやはり胃痛力の格が違った……」