番外編・バレンタインのひと時
快人の家にある厨房……基本的に快人は、リリアの屋敷の食堂で食事をすることが多いため、ここで料理が作られることは少ない。
だが、お茶の際などのお菓子はここで作るため、料理用の機材よりは菓子作りの道具が充実していた。そんな厨房でいろいろな材料を前にして、イルネスが少々悩まし気な表情を浮かべていた。
明日はバレンタインデーであり、イルネスも最愛の快人に愛情をたっぷり込めたチョコレートを贈ろうと考えており、ネピュラの栽培したカカオなども含めてチョコレート作りの準備は万全と言えた。
ではいったいなにを悩んでいるかというと、そのものずばりどんなものを作るかだった。
(……普通に考えるのならばぁ、カイト様の好み的には~やや甘めのトリュフかぁ、ベリーソースなどを使ったチョコレートが最適ですぅ。ですが~果たしてそう単純でいいのでしょうかぁ? カイト様はぁ、間違いなく~多数のチョコレートを貰うはずですぅ。必然的にカイト様が好む味わいのチョコレートの比率が高くなるのでぇ、同じ種類のチョコレートばかりで飽きがこないかぁ、心配ですぅ)
そう、快人にチョコレートを渡すものは多い。そして当然ながら快人の好みを把握しているものも多い……となると、快人が好む甘めのトリュフやフルーツソースの入ったチョコレートなども多くなるだろう。
だからと言って、快人が好きではない種類のチョコレートを贈っては本末転倒ではある。ならばチョコレート以外の菓子をとも思うのだが、イルネスと同じことを考える者も多い筈であり、多くの者が気を遣った結果逆にチョコレート以外の菓子が多くなってしまう可能性もあった。
(とりあえず~材料はあるのでぇ、チョコレートを作ることにしましょうかぁ。ただ~量は控え目にした方がいいでしょうねぇ。いくら~マジックボックスで劣化させずに保管できるとはいってもぉ、カイト様が一度に食べられる量には限りがありますぅ。お茶の際に~軽く摘まめる程度の量が最適でしょうねぇ)
この件に関してはイルネスにはひとつ大きなアドバンテージが存在する。それは、イルネスは快人の家の家事全般をこなすメイドであり、同時に快人の専属でもある。
必然的に食後のお茶や、おやつ時の菓子などを用意するのはイルネスであり、お茶と一緒にさりげなくチョコレートを用意することが出来る。
手際よく調理を進めながらイルネスは、さらに思考を巡らせていく。
(カイト様の好みの味にするのはもちろんですがぁ、私らしさというのも~あったほうがいいでしょうねぇ。以前ならばぁ、そんなものは不要と考えましたがぁ……きっと~カイト様はぁ、私らしさのある品の方がぁ、喜んでくれると思いますぅ)
自分らしい個性をと考えてパッと思い浮かんだのはやはり薔薇の花だった。材料に薔薇の花を使ったりというのはロズミエルと被る可能性が高いので、イルネスはチョコレートの見た目を薔薇のを用いたものにしようと考えた。
薔薇をモチーフとした絵柄のチョコレートの型を作成していく、ネピュラといろいろな物作りを行って経験が生きているのか、すぐに見事な型が完成する。
そこにカカオバターに食用の色素を混ぜて赤い色合いにしたチョコレートの外殻の元を用意し、魔法を持ち出で細かい粒子状にして焼き型の表面に塗って固める。この状態で型にチョコレートを流し込んで固めることで、赤い色のチョコレートを作ることが出来る。
(くひひ、こうして~愛しい相手を想いながら調理をするのはぁ、楽しいものですねぇ)
そんな風に考えながら、イルネスは快人に贈るチョコレートを作成していった。
開けて翌日、バレンタイン当日……シャローヴァナルを始めとした日付が変わった瞬間の一番を獲得しようとする者たちの攻防の影響もあり、すでに若干疲れた様子で朝食を食べ終えて部屋に戻った快人に食後のお茶を用意しつつ、イルネスは苦笑を浮かべる。
「カイト様はぁ、今日は~忙しくなりそうですねぇ」
「あ、あはは……ありがたいことではあるんですけどね。まぁでも、シロさんとかマキナさんとかは乗り切ったので、ある程度は安心ではありますね」
「くひひ、なるほど~ではぁ、私は~いまの内にお渡ししておくことにしますねぇ。あまり量が多くても大変かと思いましてぇ、三粒ほど用意させていただきましたぁ」
「ありがとうございます、嬉しいです……おぉ、薔薇の形のチョコレートなんですね。さすがイルネスさんと言うか、綺麗で美味しそうです」
イルネスが用意したのは、彼女がよく快人に対する愛情表現として用いる三本の薔薇をイメージした三粒のチョコレートであり、一口サイズで食べやすく作ってあった。
それを見て快人は嬉しそうにお礼を言った後で、チョコレートをひとつ口に運んで笑顔を浮かべる。
「美味しいです。後味がスッキリしてるというか、味はしっかり甘くておいしいのにスッキリしてて、凄く食べやすいですね」
「くひひ、お口に合ったようなら~なによりですよぉ。カイト様への愛情を~たっぷり込めましたぁ」
「あはは、そういわれると少し照れくさいですが……嬉しいです」
そう言って笑う快人を見て、イルネスの胸には言いようのない幸福感が湧き上がってくる。いろいろ考え用意したものを美味しいと言ってもらえて、なにより快人が幸せそうに笑う姿をこんなにも身近で見られること……イルネスにとってはこれ以上ないほどの幸せなひと時であり、そんな幸せに包まれるイルネスの表情も……快人に負けず劣らずの笑顔だった。
シリアス先輩「ふぁっ!? なんか、唐突に爽やかなイチャラブでぶん殴られた!?」