教主の振り返り 後編
祈りの姿勢で一日の振り返りを行うオリビアだが、劇場で演劇を鑑賞した後のことを思い出して表情を歪めた。観劇の後に起こった事態に関しては、オリビアにとっては今回最大と言ってもいい反省点である。
(演劇の後の醜態は、いま思い出しても頭を抱えたくなりますね。ミヤマカイト様と指を絡めて手を繋ぎ、自己投影できる演劇を見たことで幸福感が高まりすぎて上の空となり、ミヤマカイト様の呼びかけに曖昧な返事を返すだけでなく……だけでなく……ミ、ミヤマカイト様に、ほ、ほほ、抱擁を……)
最初は意識が上の空になっていた己の未熟さへの怒りや反省で表情を歪めていたオリビアだったが、そのあとのことを思い出して顔をどんどん赤くしていく。
まだ、抱きしめられただけであれば己の未熟さのせいで快人に手間をかけさせてしまったことに対する自責の念などが上回ったかもしれない。だが、あの時のオリビアはあまりに唐突な事態に夢と勘違いして、快人に甘えるような行動を取るという、本人にしてみれば悶絶ものの醜態を晒していた。
(あぁぁぁぁ……な、なんと愚かな!? いま思い出しても、己の浅ましさに絶望してしまいます! ミヤマカイト様に手間をおかけしただけでも万死に値する大罪だというのに、その上自らミヤマカイト様に抱きつき、ほ、頬を擦り付けるなどという破廉恥極まりない行為を――まるで痴女ではありませんか!? 発情しているかの如きあまりにも浅ましく愚かな行い、いますぐにでも早急に荒行を持って己の愚かさを清めたい思いではありますが……い、いまは、反省が先です。己への罰は、最後まで振り返ったのちに行うとしましょう)
もちろんあの場にいた快人も香織も、オリビアの好意を破廉恥だとも痴女だとも思っていない……というか、ただ抱きついて頬を擦り付けて甘える様子を見て、オリビアの普段の真面目さや清廉な雰囲気も合わさり、卑猥な印象を持つことは無いだろう。
だが、僅かな肌の露出であっても恥ずかしがるほどに純粋なオリビアにとっては、顔から火が出そうなほどに恥ずかしい行為だった。
(と、とりあえず、この件を深く思い返すと己の愚かさと羞恥で圧し潰されてしまいそうなので、次に進みましょう。そのあとに訪れたカフェにおいては、当初予定していた通りの行動で、大きな想定外はありませんでした。そう考えるなら及第点と言っていいかもしれませんが、ミヤマカイト様の偉大さを過小評価していたのは反省すべきですね。天地見通す叡智を持つミヤマカイト様であれば、私の矮小な考え程度見抜いて当然という、そんな当たり前の事すら忘れていたのは反省すべき点ですね)
もちろんそれを直接快人に告げていれば、快人からは否定のツッコミが入るのだが、残念ながらいまは祈りの間でひとり考えているだけなのでツッコミは不在である。
そしてその後も引き続き、ボートでの出来事や、丘の上の公園に向かう際の出来事も思い出し……オリビアは羞恥で湯気が出そうなほど顔を赤くしていた。
(……お、思い返しているだけで顔が沸騰してしまいそうです。反省点があまりにも多すぎます。やはり、偉大なるシャローヴァナル様がお与えくださった試練……そう易々と思い通りの行動はできぬというわけですね。しかし、そういえば……これでいちおうではありますが、シャローヴァナル様に与えられた試練はこなしたといってもいいとは思います。もちろん完璧とは程遠いので、またの機会に今度こそ完璧な計画の上でミヤマカイト様をお誘いして、デートを完遂して見せるつもりではありますが……これは、なにか……次の段階があったりするのでしょうか? いえ、まだ矮小なこの身ではシャローヴァナル様の深く崇高なお考えを理解しきれてはいませんが、今回の件で私自身確かな成長を実感しています。となれば、やはりなにか次の段階に進むことも考えるべきでしょうか? しかし、次の段階とは……?)
そもそもの発端はシャローヴァナルの命によるものであり、オリビア自身完璧な結果とは感じていないが、その命を遂行することはできたと感じていた。
そしてそれが己の成長のために与えられた試練であると認識しているオリビアは、更なる成長をするためにどうするのかという思考に至った。
すると、そのタイミングでオリビアの頭にシャローヴァナルの声が響く。
(……そういえば、次を考えていませんでした。なので、いま考えました)
(シャ、シャローヴァナル様!? はっ、なんなりとお申し付けください。未熟な身ではありますが、必ずや試練を乗り越えてみせます)
(試練? 別に試練ではありませんが……そうですね。では、次はいつでもいいので快人さんと一緒に海に行ってデートを行いなさい。私もしました)
(な、なんとっ、シャローヴァナル様の足跡を多少なりとも辿ることを許されるとは、光栄の極みです。必ずや、その命を実行してみせます)
(はい。ああ、あともちろん海なので、ちゃんと『水着』を着てください)
(……し、質問を行う無礼をお許しください。その、水着を着るのはミヤマカイト様だけで、私はミヤマカイト様が快適に過ごせるように補助に回るというのではなく……その……)
(貴女も水着を着用して、快人さんと一緒に遊ぶように、私もそうしました)
(…………………………は、はひっ)
繰り返しにはなるが、オリビアは僅かな肌の露出でさえも極端に恥ずかしがるほどである……オリビア、あらたな受難の始まりであった。
シリアス先輩「天然神!? なにとんでもないキラーパス出してんだ!!」
???「まぁ、いつでもいいって言ってましたし、オリビアさんの性格上決心が付くまで時間もかかるでしょうからまだ先の話ですが、次のオリビアさんとのデートの予定は決まりましたね」