香織とオリビアとのデート㉘
快人にお姫様抱っこされる形となったオリビアは、フワフワと落ち着かない状態で思考を巡らせていた。
(これは、いったいどう表現していいのか……あ、あまりにもミヤマカイト様のご尊顔が近くにあって、眩しさで目が焼かれてしまいそうです。以前勇者の丘に行った際におぶっていただいたのとは、まるで違います。ミヤマカイト様が私を運ぶという状態は変わらないのに、前か後ろかでこうも違うものなのですか?)
以前に快人におんぶされたときには、慌てながらもそれでもまだある程度の落ち着きはあった。だが、いまはそんな落ち着きなどまるでなく、ぐるぐると回る思考は定まらず、体はやけに熱っぽい、
抱きかかえられていることで、快人の顔がすぐ近くにあり、体にもかなり密着しているとあっては、オリビアが落ち着かない気持ちなのも無理はないのかもしれない。
(こんなに近くでミヤマカイト様を見るのは、不敬ではないでしょうか? もちろんミヤマカイト様が、私の行動を不敬だと断ずることなど無いと理解はしていても、私にとって神に等しく信仰を捧げた相手にこれほど近づいているのは信仰のあり方として誤っているのではと不安になります。ですが、それでもなお目を離せません……なんて、美しく尊いお姿なのでしょうか……未熟な私を軽々と抱え上げ、落ち着いた眼差しで前を見て歩みを進めるご尊顔の神々しさたるや、著名な画家に描かせて大聖堂に飾るべきではないでしょうか?)
完全に余談ではあるのだが、快人を熱っぽい表情で見上げるオリビアの顔は、完全に恋する乙女そのものと言っていい様子だったのだが、本人はあくまで信仰心であると認識しており、己のことに関してはあまり客観してできていなかった。
(そもそもまずはしっかり反省しなければ……己の未熟さゆえに、ミヤマカイト様に手間をかけてしまったこと……いえ、違いますね。反省や後悔、己への戒めなどは後でも行えます。いま、私が見習うべきなのは……)
そんなことを考えつつ、景色を眺めながら楽しそうに歩く香織に視線を向ける。少し前に香織が語った考え方は、オリビアにとって非常に参考になるものだった。
オリビアは極めて真面目な性格をしているが、決して頭が固いというわけではない。いまの己の価値観や行動とは違うものであっても、己が正しいと感じた意見であるなら取り入れて自身の行動を改善する寛容さもしっかり持ち合わせている。
(偉大なるミヤマカイト様に抱きかかえていただくなど、この身に余るほどの栄誉。奇跡と言っていいほどの幸運でなければ得られぬ機会でしょう。ならば、ここは恥や反省で思考を埋めてしまうのではなく、与えられた望外の幸福に感謝し受け入れることこそ、正しい行いなのではないでしょうか? で、あれは、ここは……ゆ、許されないかもしれません……と、とてつもない不敬かもしませんが……もう少し、ミヤマカイト様に寄りかかって……)
香織の考え方に後押しされる形で、いまの幸福をしっかり受け入れようと思い至ったオリビアは、ほんの少しだけ体の力を抜いた。
それにより膝の下と背に回された快人の手の感触をより強く感じ、同時にオリビアの体……顔も、快人の肩にもたれかかるように密着する。
(……温かい。不思議な気分です。心の中は荒れ狂う嵐のように落ち着かないはずなのに、同時に心安らかな幸福も確かに感じます。相反する感情が同時に存在しているような、それでいてそれが正しいような……なによりもこうして、ミヤマカイト様のすぐそばにいられることが……近くにいることをお許しいただけていることが……嬉しいです)
体中が沸騰しそうなぐらい熱いはずなのに、どこかその熱に心地よさを感じているかのような……オリビアにとっては未知ともいえる感情だった。
いや、いままでもこういった気持ちが湧き出てくることはあった。だがそれを……いままでは雑念だと抑え込んでいた感情を受け入れてみると、不思議なくすぐったさとどうしようもないほどの心地よさがあった。
その感情をなんと呼ぶか、いまのオリビアはまだ知らない……だが、嫌な気分ではなかったし、その感情が不要だとも排除すべきとも思えなかった。
(……本当に今日の私は、浅ましく不敬で……後でしっかり反省しなければ……ミヤマカイト様にご迷惑をかけている状態だというのに、猛省しなければならない不甲斐なさだというのに……もっとずっと、こうしていたいと思ってしまいます)
心の中でそんなことを考えつつ、オリビアは快人の肩に身を寄せながら、どこか甘えるように目をとして小さな笑みを浮かべていた。
シリアス先輩「こ、こいつはヤバいというか……よくよく考えたらオリビアって、一種の爆弾なんじゃないか……だって、恋心だとは自覚しないままで快人への好感度だけガンガン高まって行ってる状態なわけだし、恋心を自覚したらどうなるんだ……ひぇ……」