香織とオリビアとのデート㉓
快人は確かにオリビアや香織と比べれば恋愛経験は豊富といえ、恋人の肩を抱いたりした経験もある。しかし恋人ではない女性を、それも二人同時に肩を抱くなどという行為は流石に初めてであり、さすがに行動を起こすべきか否かを躊躇していた。
(う、う~ん。オリビアさんも香織さんも一言も喋らない。あの文字が見えてない訳はないし、緊張とかの感情も伝わってくるので……た、たぶんだけど、これは俺の判断に委ねてるような感じかな? ……それ、ほぼ実行しろと態度で示してるようなものでは? いやでも、俺の思い違いだったら気まずいなんてもんじゃないし、ドエライ空気になりそうな気がする)
快人が読み取れるのはあくまで感情だけであり、リーリエのように表層意識などといった心を読み取れるわけではない。特に現在のオリビアと香織は、少々複雑な心というか緊張や尻込みしつつも期待しているという状態であり、感応魔法で伝わってくる感情もいろいろ混ざっていることで判断が難しくなっていた。
(というかこの状態で両方同時に肩を抱くって、結構すごい絵面にならないかな? なんか、怪しい情報教材の広告写真みたいなことになりそう。い、いや、だけど、この沈黙が続くのもキツイ……結局俺がなにかしらのアクションを起こす必要はありそうだ)
オリビア、香織、共に待ちの姿勢で沈黙しており、なんとも言えない沈黙が流れている。それをどうにかするには、やはり快人が動く必要がある。
快人はしばし悩んだ様子で思考を巡らせていたが、ほどなくして覚悟を決めた。
(……うん。これはもうやるしかない。多分それを期待されてるはずだし、ここで「肩を抱いていいですか?」とか尋ねるのは野暮だと思う。実行して……もし俺の勘違いで、ふたりがそういうことを期待していなかったとしたら、その時は誠心誠意謝ろう)
心の中で覚悟を決めた快人は、そっと手を動かしてオリビアと香織の肩に手を回し、まずは肩に手を置いた。オリビアと香織は双方ともにピクッと反応はしたものの、抵抗するような様子もなく抗議の言葉もなかった。
その反応により問題ないと判断した快人は少し手に力を入れて両者を抱き寄せ、オリビアも香織もそれを受け入れて軽く快人にもたれかかるような形になる。
(こ、これは流石に緊張するというか……距離的にはさっきまでより少し近いぐらいの筈なのに、滅茶苦茶密着度が上がった気がするし、両側からいい匂いがするし、手に伝わってくる感触は柔らかくて暖かいし……)
意を決して実行に移したものの、快人もさすがに距離感の近さに顔を微かに赤くする。まだ恋人が相手であるなら、恋人だからと思えたかもしれないが、オリビアも香織も快人の恋人ではないため、抱き寄せるというシチュエーションによる緊張も大きかった。
もっとも、当然のことながら衝撃を受けているのは快人だけではなかったが……。
(ほ、ほあぁぁぁ……や、やったなぁ、快人くん。いや、正直期待してたし、思ってた以上にこれ……うわっ、いいなぁ……なんかこうキュンキュンするっていうか、いますっごく青春してる感があるっていうか……油断すると顔がにやけちゃいそうだよ。恥ずかしくて快人くんの顔とか絶対見れないし……でもそれはそれとして、この感じは好きだなぁ。安心できるっていうか……ま、まぁ、こうなっちゃったものは仕方ないし、しばらく堪能させてもらおうっと)
香織は抱き寄せられるという形に照れてこそいたものの、彼女は元々切り替えの早い性格をしており、ある程度で混乱を落ち着けて快人に抱き寄せられているというシチュエーションを楽しむことにした様子だった。
もたれかかって感じる快人の温もりに、頬を染めながらもどこか嬉しそうに微笑みを浮かべて流れゆく景色を見ていた。
そして、そんな香織とは対照的に、表面上は表情の変化はほぼない……というか、完全にフリーズしているオリビアの心の中は例によってパニック状態だった。
(……肩から感じるミヤマカイト様の雄々しく力強い手の感触、抱き寄せる時の力強さたるや物語の英傑を彷彿とさせます。そして伝わってくる温もりは太陽の抱擁、温もりを感じつつも私の心の中は業火に焼かれるかの如く熱くなってしまいます。そもそもこれほどの褒賞を得ていいのでしょうか? 今日はどうにも私に都合のよい展開になりすぎている気がします。あまりにも行いに対してミヤマカイト様から下賜される褒賞が大きすぎて、申し訳ない気持ちを感じると共に、ミヤマカイト様の慈悲深さと雄大さを改めて思い知りますね。こうして抱き寄せる仕草においても、肩に手を置いたあとで少し間を開けこちらの反応を確認している様子でしたし、私への気遣いをしてくださる優しさには感涙してしまいそうです。そもそも、ミヤマカイト様は私よりはるかに上の存在であり、私に対してなにかを行う際に許可など不要……私はミヤマカイト様のすべてを受け入れるつもりですし、求められたら嬉し……ではなく、信仰心を持ってミヤマカイト様の要望に余すことなく答えるつもりです。それこそ恋人のように、夫婦のように献身的にミヤマカイト様に……私とミヤマカイト様が恋人……それは、なんとも幸せですね。私は未熟者ですし、今日のようにミヤマカイト様に導いていただくことが多くなるのでしょうが、ミヤマカイト様は優しく微笑んで私の手を引いてくださって、私も己の未熟さを恥じつつもそれ以上の喜びをもってその手を取って――ッ!?!? なんて浅ましい妄想をしているのですか私は!? たとえ想像の中であったとしても、あまりにも不敬過ぎます! 己の欲望を思い浮かべるだけではなく、ミヤマカイト様の行動まで頭の中で決めつけてしまうなど、許されざることで猛省しなければ……ああ、ですが、こうしてもたれかかるミヤマカイト様の至高の玉体の温もりたるや、思考全てを溶かしてしまいそうなほどに幸福で……い、いえ、いまはまずちゃんと反省を……)
表情はある程度冷静なままで頭の中は大パニック状態というなんとも器用な混乱をしているオリビアだったが、なんだかんだで快人に抱き寄せられている事は幸福な様子で、微かに赤くなった表情には小さく笑みが浮かんでいた。
シリアス先輩「ぐはっ!? な、なんだと……あの狂神の系譜ともいえる長文の筈なのに、なぜか狂気ではなく甘さがあるだと……」
???「事実としてマキナみたいな狂気はないっすからね」