香織とオリビアとのデート⑮
テンパって俺を称賛する言葉壊れたスピーカーのように紡ぎ続けている状態のオリビアさんを止めるという目的は、なるほど確かに達成した。
あれだけ限界などないように次々と称賛の言葉を発し続けていた口がピタリと止まった。ただその代償としてオリビアさんは、瞬きすらせずに完全停止してしまっていた。
「……あの、香織さん? 確かに止まりましたが……止まりすぎて、フリーズしちゃったんですけど?」
「刺激、強すぎたのかな……え? ハ、ハグってそんなに凄いの? ついさっきの演劇で上がったテンションのままノリで言っちゃったけど……」
「……」
オリビアさんは時が止まったかのように硬直しており、軽く目の前で手を振ってみても反応が無い。どうしようこれ? 困ったことにいま移動中で、ここは通りなんだけど……幸い認識阻害メガネのおかげか、この奇妙な状態でも周りの人がこちらに関心を向けてきたりはしていないのだが、とりあえずオリビアさんをなんとかしなければ……。
「オリビアさん? 急にすみません……だ、大丈夫ですか?」
「……美しい花畑が見えます。心地よい温もりに包まれたこの場所は、まさしく祝福の地……本物を見たことはありませんが、そう、ここが私にとっての神域なのですね」
「オリビアさん!? しっかりしてください! 花畑なんてないですからね!」
どうにも唐突なハグはオリビアさんにあまりの衝撃をもたらしたらしく、その精神を想像上の神域にまで吹き飛ばしてしまったようである。
ど、どうしよう? これ、すぐには戻ってこないんじゃ……。
快人や香織が必死に呼びかける声も届かず、オリビアの精神はフワフワと心地よい温もりの中にあった。そして、オリビアはいま確信していた……『これは夢である』と……。
(そう、ミヤマカイト様が唐突に私を抱きしめたりするはずがありません。そんなものは、私が演劇を見ながら頭に浅ましくも思い浮かべた雑念……あまりにも浅ましい妄想の中でしかありえない。そう、これは夢というものなのでしょう。私はおそらく、ミヤマカイト様と指を絡めて手を繋ぎ共に演劇を鑑賞するという、あまりの幸福に耐えきれず意識を手放してしまったのでしょう)
快人からの唐突なハグは、オリビアのキャパシティを余裕で越えており、オリビアはいまの一連の流れを己に都合のいい夢を見ているのだと結論付けた。
睡眠を必要とせず普段眠ることのないオリビアだが、文献などから得た知識により夢というものがあることは知っていたため、現在の状況がそれであると判断した。
(己の未熟さには恥じ入るばかりですし、目覚めたならミヤマカイト様に誠心誠意謝罪しなければなりません。ですが、これが文献などで見た夢であるのなら、この夢の中での出来事は誰にも知られることが無く、ミヤマカイト様に実際にご迷惑をおかけしたりするわけではない……であるなら……少々……浅ましい欲望に従っても……いいのでは?)
フワフワと熱に浮かされたような思考の中で、オリビアはそんなことを考え……目の前の快人にそっと抱き付き、その体に甘えるように頬を擦り付けた。
「オリビアさん!?」
快人の驚くような声が聞こえたが、これはあくまで夢の中の出来事と思っているオリビアはそれに反応することは無く、目を閉じて心地よさげに頬を緩めた。
(……ミヤマカイト様の匂い、温もり……幸せです。本当に、なんて私はなんと愚かで浅ましいのでしょうか……そう、あの時、ミヤマカイト様に連れられて勇者の丘に行った時から、このどうしようもなく愚かな雑念が中々消えてくれませんでした。私が仕え、尽くさなければならないのに、それがあるべき姿なのに……私は、愚かにもこうしてミヤマカイト様に甘えたいという、あまりにも身の程を越えた欲望を抱いてしまっています)
祈りなどに集中し、信仰心で上書きして忘れようと努めていたが、それでも忘れきれなかった。勇者の丘に向かった際に、快人が己をおんぶしてくれた際の事を……温かく包み込まれるような包容力を感じ、ずっとこのままでいたいすら思ってしまった、普段のオリビアにとっては反省して律すべき欲望。
(本当にこんなに不敬極まりなく、恥もなにもないような破廉恥な行為……夢の中でなければ不可能……ですが……はて? 夢というのは……こんなにもはっきりと温もりや感触を感じられるものなのでしょうか? そもそも、演劇の途中で意識を手放した? 私は最後まで演劇を見たはずで……あ……れ……?)
しかし悲しいかな、オリビアは唐突なハグの衝撃で混乱していただけであり、ある程度時間が経てば徐々に夢見心地だった思考も戻ってくる。
「オリビアさん? しっかりしてください!」
「……え? あ……ミヤマカイト様?」
ようやく少しずつ正常に思考が回り始め、心配するような表情でこちらを見ている快人を見て、ようやくオリビアの意識は完全に戻った。
(……ああ……なる……ほど……いままでのは夢ではなくて……私はいま……唐突にミヤマカイト様に抱き着いて……)
スッと快人の背に回していた手を戻して一歩下がる頃には、先程までの高揚感はどこに消えたと言わんばかりの状態であり、全身からすべての血が抜けてしまったのではと錯覚するほどに一瞬で頭も体も冷えていく。
オリビアは先程までとは別の意味で意識飛ばしそうになりながら、絶望したかのような表情で快人の方を見た。
(……これは……仮に現存するすべての処刑方法を順々に実行したとしても、償いきれないほどの不敬では?)
シリアス先輩「な、なにぃぃ!? や、やりやがったコイツ……混乱した状態からのイチャつきだと……」