香織とオリビアとのデート⑬
オリビアの物語への考察などは間違っておらず、演劇はオリビアが予想していた展開に進んでいた。
(やはり予想した通りの流れです。村を出て街に出かけたふたりは、ここで互いを意識するようになる。ここが関係の進展と言っていい場面であり、私が行動を起こすのに最善なタイミングの筈です。タイミングさえ分れば、あとは指を絡めて手を……指を絡めて……ミヤマカイト様と……)
そもそもオリビアは、ここに来るまでに指を絡めて手を繋ぐことをかなり恥ずかしく感じていた。デートを完璧に完遂するためと気を強く持って決意を固めていたが、気恥ずかしさが消えたわけではない。
いざ実行の段階になれば、恥ずかしさというのはより高まってくるものである。
(い、いざ、実行する段階になると戸惑いが……ただ、手の繋ぎ方を変えるだけです。確かに、天に座す太陽の如く偉大なミヤマカイト様の手の温もりは、未熟な私には抗いがたい幸福感となり、心の平静を保つことができません。いまも、可能な限り意識しないようにと思っていても、手から伝わってくる温かさが心の奥底までしみわたってくるようで、どうしても頭に雑念が浮かんできてしまいます。いまの演劇のシーンもそれに近い状態……まるで、私とミヤマカイト様のような――な、なにを考えているのですか私は!?)
やはりある程度混乱があるのだろうか、オリビアは演劇の主人公とヒロインに己と快人の姿を当てはめて考えてしまった。
一度そうして意識してしまうと、登場人物たちが体験している出来事を自分と快人が経験している姿を思い浮かべてしまう。
(ミ、ミヤマカイト様に対してあまりにも無礼です! 私とミヤマカイト様が恋仲のような想像をするなど、浅ましいにもほどがあります!! い、いえ、確かにいま私とミヤマカイト様はデートをしている状態、ある程度似通っているということは認めます。ですが、あくまでこのデートは偉大なるシャローヴァナル様より申しつけられた試練であり、私がミヤマカイト様に恋心を抱いているというわけでは……わけでは……ないとは言い切れませんが……)
経験不足という面は確かにあるが、オリビアは別に己の心境などに疎いわけではない。快人に対しては極めて大きな信仰心を持っているため、それに覆い隠されてしっかりとは認識できてはいない。
だが、単純な信仰心以外にも、優しく己の手を引いて知らなかったものをたくさん教えてくれた快人に対して、恋心を抱いていないとは己でもはっきりと言い切ることはできなかった。
(と、ともかく、考えてはいけません。ここは、しっかりと当初の予定通り指を絡めて手を繋ぐ目標のみを考えましょう。で、ですが、唐突な行動でミヤマカイト様を驚かせてしまう可能性もありますし、ここはもう少し機を待って……い、いえ、尻込みしてはいけません。ここが、いまが最善のタイミングの筈です!)
一瞬恥ずかしさと戸惑いで、行動を後回しにしようかとも考えたオリビアだったが、彼女は恥ずかしがることはあれど行動力は高い方である。
心に湧き上がる言い訳を抑え込み、最善と定めたタイミングで動き出す。とはいえもちろんその動きは初めてということもあってぎこちなく、普通に行ったのであれば意図が伝わらないようなものではあったが……幸いにして快人は事前にオリビアと香織のやりとりを知っているので、すぐにオリビアの意図を察し手を恋人繋ぎの形にする。
(……あっ、これは……これが……恋人繋ぎというものですか……な、なんですか、この湧き上がる言いようのない気持ちは……顔が熱くて、頬が緩む? だ、駄目です。心を強く待たなければ、ミヤマカイト様の前で無様な姿を晒すわけにはいきません! あぁ、でもこれは……湧き上がる幸福感が、収まってくれません。冷静に……冷静にならなければ……)
オリビアが想像していた以上に指を絡めて手を繋ぐというのは、快人の手の温もりをダイレクトに感じることができ、言いようのない幸福感と共に頬が緩むのを感じていた。
それは表現するなら幸せという気持ちなのだが、経験の浅いオリビアには心の悪から湧き上がってくる気持ちを正確に察することができず、高鳴る胸の鼓動と上がっていく体温に戸惑いを感じていた。
チラリと快人の方を見てみると、たまたまそのタイミングで快人もオリビアの方を向き目が合った。観客席は薄暗くはあったが、それでもカイトが優しく微笑んだのは分かり、胸の高鳴りに思わず息を飲んだ。
(なんて、尊く神々しい……舞台の明かりなどまるごとかき消してしまうかのような輝きを持ちながら、それでいて見るものの心を温かく包むような微笑みは、まさに天上の美と表現するに相応しいです。そんなミヤマカイト様の微笑みを賜れたのですから、私の胸が高鳴るのも自然な事なのでしょう。それにいまのスムーズな指の動き、ミヤマカイト様はやはり所作をひとつをとっても洗練されていて……)
そして例によってテンパったことにより、心の中でこれでもかというほど快人を称賛しつつ、表情だけは平静なままで混乱の渦に沈んでいった。
シリアス先輩「ぐっ、やはりこいつは、恥ずかしがるがそれでも行動するからキツイ。尻込みして、そのまま逃げるかと思いきや、抑え込んでGOだからな……」