香織とオリビアとのデート⑪
始まった演劇を鑑賞しつつ、香織は隣に座る快人の方にチラリと視線を向ける。観客席は暗めになっているとはいえ、舞台の明かりに照らされた横顔が見えた。
演劇に集中しているのか、香織が見ていることに気付く様子はない。
(……う、う~ん、な、なんで私も恋人繋ぎをすることに? いやまぁでも、憧れが無いと言えば嘘になるというか、一度はやってみたいとは思ってた! 普通に手を繋ぐのとかやっぱ結構違うのかなぁとか、そういう知的好奇心というか、そんな感じだから……いや、本当に全然別に、高校時代とかに出来なかった青春の甘酸っぱい体験をとかは、ちょっとしか思ってないわけだし……って、誰に言い訳してるんだ私……)
香織はこの世界に転移してくる直前は、身の上に様々な不幸が重なってとても青春を楽しめるような状況ではなかったし、異世界に転移してからもしばらくは必死で恋愛に意識を向ける余裕などなかった。
だが、いまとなっては自分なりの答えを見つけて精神的にも落ち着き、定食屋も軌道に乗って生活にも余裕が出てきたことで、割とそういう部分を意識するようになった。
特に婚期なども気にしており30代を目前にして、非常に恋愛関係に憧れが強い状態となっていた。特に己が体験できなかった甘酸っぱい青春を感じさせるようなシチュエーションには、強めの憧れがあり……恋人繋ぎというのもそれにしっかり該当していた。
(あれ? でも、いまこうやって手を繋いでる状態から恋人繋ぎに移行するのって……ハードル高くない? いや、恥ずかしさとかじゃなくて、こう意思疎通的な感じで……だっていまこうやって手を繋いで座ってる状態から、恋人繋ぎに移行しようと思うとそこそこ手を動かす必要があるよね? 上手く恋人繋ぎをするには快人くんの協力が必要なんじゃ……いやだって、いくら快人くんが恋愛上級者だからって、いきなり私が手をもぞもぞ動かしたとして、「はっ!? これは恋人繋ぎをしたいんだな!」って気付くのは無理じゃないかな?)
香織の疑問は至極真っ当なものではある。ただ、現在の状況においていえば快人はオリビアと香織の話が聞こえていたので、香織がなにかしらのアクションを起こせばすぐに察してくれる可能性は高かったが、それを香織が知る術はない。
(じゃあ、どうしよう? ……パワーで指をこじ開けるのかな? いや、それとも快人くんぐらいのモテ男だと、私の手の動きですぐに察してくれたりするのかな? う、う~ん、恋人繋ぎとかしたことないから分かんないなぁ……あ~でもなんか、学生時代に彼氏持ちの友達がなにか言ってたような……ええっと……)
恋愛経験が疎い香織は、どうすれば自然に恋人繋ぎに移行できるかを悩み、遠い昔に友達と話した会話を記憶の奥底から呼び覚ましていた。
(えっと、たしか……「彼が急に恋人繋ぎしようとしてきてビックリしちゃった~。急は困るよね~指の動きもちょいやらしかったし~もっと、会話のキャッチボールしろ的な? でも、強引なのも結構あり寄りのありだね」……うん。ただのノロケだった。爆ぜてしまえ……くっ、必死に記憶を呼び起こしたのに使える情報ゼロだったよ)
結局呼び覚ました記憶も、友達の恋人自慢を延々と聞いているような内容しかなく、現在の状況に利用できそうな情報は無かった。
(…………よし、もう、なるようになれだ! 快人くんに委ねる! なんか、いい感じに察してください!!)
結局香織は小手先の対策は諦めて、自分なりの方法でやってみようと決めた。恋愛経験豊富な快人がきっとうまくフォローしてくれるだろうと、そんな期待を込めて……なんとなくこうすればいいのかなぁというようなイメージで、手を動かして恋人繋ぎに移行しようと試みた。
すると、香織の予想に反してすぐに快人は香織の指を受け入れるように隙間を開け、流れるように恋人繋ぎに移行した。
(……できた? これ、できてるよね? すっごいスムーズに、行ったんだけど……こ、これが恋愛強者ってやつなのか……それはそれとして、お、おぉ……こ、これは中々、密着度が高いというか……け、結構ドキドキするなぁ……こ、こういう感じなんだ。け、結構好きかも……)
指を絡めるように繋がれた手からは、先程まで以上に快人の手の温もりが伝わってきて、香織は顔が熱くなるのを感じながら、それでもどこかフワフワとした心地よさを味わっていた。
(……って、あっ……オリビア様に、雰囲気のいい場面でとか言っといて、全然考えずにすぐにやっちゃった。い、いや、でも後になれば尻込みしてたと思うし、早い段階で出来たのはよかったかなぁ……快人くん、すぐ受け入れてくれたよね? これはアレかな……その……少なくとも私とこういう風に手を繋ぐのは、嫌じゃないとか……そんな感じって思っていいの、かな? ……なんて、あはは……うわっ、顔熱っ!? これ絶対顔真っ赤になってるよ。観客席が暗くてよかった)
薄暗い観客席では、顔の赤みはバレにくいだろうと胸を撫で下ろしつつ、香織はチラリとまた快人の横顔を見て、どこか照れ臭そうに微笑んでいた。
シリアス先輩「な、なにぃ!? こっち側からだと……ぐっ、予想外の方向からの攻撃が……」