香織とオリビアとのデート⑨
極めて真面目な性格であるオリビアは事前準備は決して怠らない。今回の演劇鑑賞に関しても、事前に公演時間を調べチケットも入手してあるので、たどり着いたはいいが中に入れないという事態は発生しない。
ただし、性格的なものなのか経験不足が故なのか、自信の心境の変化に関してはかなり見積もりがあまり。そもそも、いまはある程度落ち着きを持てているため意識から除外してしまっているが、現在のオリビアは事前に10日間に渡り快人への感謝の気持ちを高めたことにより、普段以上に快人の好意が大きくなりやすくなっている。
ここまでは主に快人がリードしてくれていたこともあり、己の上位にあたる快人が導いてくれるという安心感もあって落ち着きを取り戻していたが、これから演劇中に起こそうとしている行動は完全にオリビアの主導であり、なおかつつい先ほど思い至ったということもあって食べさせ合いのように事前シミュレートはできていない。
(なにも、難しいことはありません。演劇を鑑賞しつつ、頃合いを見てミヤマカイト様と繋いでいる手の指を絡め……指を絡め……素肌を密着させて指を絡め合う? それはもはや性交に等しい行為なのでは?)
衝撃の事実に気付きオリビアの思考が硬直する。もちろんオリビアの思考は飛躍しすぎではあるのだが、ともかく純粋無垢であり、肌の露出なども極端に恥ずかしがるオリビアにとって、恋人繋ぎという形式は改めて考えてみれば凄まじい行為に該当していた。
(さ、さすがに破廉恥すぎて無礼なのでは? み、ミヤマカイト様に痴女と誤解されてしまう可能性も……それは大問題です! い、いえ、ですが、参考にした文献には確かにそういった手の繋ぎ方は恋人同士であれば当然と……当然と……私とミヤマカイト様は恋人同士ではないのでは?)
一度思考が傾き始めると、どんどん混乱が大きくなってくるものであり、劇場に向けて歩きながらもオリビアは必死に冷静さを取り戻そうと思考を進める。
(い、いえ、ですが、これは偉大なるシャローヴァナル様が私に与えてくださった試練であり、ここで後ろに引くような行為はシャローヴァナル様の意志に背くといっても過言ではありません。根本的な問題として、すでにこうして手を繋いで行動できている以上ある程度、ミヤマカイト様は私を受け入れてくださっていると判断してもいいはずです。もちろん不安は尽きませんが……ミヤマカイト様の導きに甘えているだけでは成長などありません! ここは、私が一歩を踏み出すべき……きっとシャローヴァナル様もそれを見越して、この試練を与えてくださったはずです)
心の中で決意を燃やすオリビアだったが、それを神域から見ているシャローヴァナルは不思議そうに首をかしげていた。「なぜそういう結論に?」という感じの至極真っ当な疑問ではあったが、特に快人以外に対してシャローヴァナルが問いかけを行ったりはしないため、多少の疑問は感じつつもスルーという形であり、オリビアの決意を止める者はいなかった。
オリビアさんたちと手を繋いで劇場に向かいつつ、俺はどうしたものかと少々悩んでいた。というのも、先程のオリビアさんと香織さんの内緒のやり取りは、魔物の魔力波長による会話に近いものだったせいか全部俺に聞こえてしまっていたのだ。
でも、じゃあ、俺に内緒という前提で話しているところに「聞こえてますよ」と割り込めるかというとそれも難しい。内容が問題あるものであれば、割って入るのも選択肢に上がったかもしれないが、内容はむしろどこか微笑ましいというか……オリビアさんが頑張ってデートっぽい行動をしようとしているのを、少し微笑ましくも感じていた。
恋人繋ぎという手の繋ぎ方に関しては、すでに手は繋いでいるわけだしそこまでハードルが高いわけでもないので、なんならすぐにでも移行しても問題は無いのだが……オリビアさんから並々ならぬ決意の感情が伝わってくるので、せっかく頑張ろうとしてるところをこちらから動くのもよくない気がする。
となると俺にできるのは、知らないふりをしておくことだが……果たして顔に出ることに定評がある俺が上手くごまかせるだろうか?
とりあえず演劇が始まるところまで行ってしまえば、客席の照明は暗めになるはずだし表情で気付かれる可能性は減る……そこまで上手くいけるかどうか……シロさんから貰った認識阻害眼鏡かけたら、表情の変化も誤魔化せたりしないかなぁ?
シリアス先輩「これはシャローヴァナルに課せられた試練であり、絶対達成して見せると決意するオリビアを神域から見て、キョトンと首を傾げた後、よく分からないがたいして興味もないので快人の方に意識を向けなおした姿が容易に想像できる天然神……」