香織とオリビアとのデート⑥
普段のクールな印象が鳴りを潜め、傍目に見ていても分かりやすいほど照れたり喜んだりしているオリビアを微笑ましげに見ながら、香織は自分の分の料理を楽しんでいた。
(オリビア様があんな風にアタフタするのは快人くん相手にだけだし、やっぱ快人くんは凄いなぁ。でも、なんだかんだでオリビア様は目標をひとつ達成したわけだし、よかったかな……あっ、このカナッペ美味しい)
香織はオリビアのデート計画の作成にかなり協力していたこともあり、オリビアが無事にひとつの目標を達成したのは祝福していたし、まだ事前に目標と定めていることが複数存在することも知っている。
デート自体が初めてであるオリビアにとっては、いろいろ大変だろうなぁとは思って心配と応援をしているが……この時点では、香織にとってそれは他人事であり、本人の意思としては一緒にデートこそしているものの傍観者の立ち位置のつもりだった。
だが、そんな想定は少しして復活したオリビアの言葉によって脆くも崩れ去ることになる。
「……それでは、次はミズハラカオリの番ですね」
「へぁっ!?」
ごく当たり前のように告げられたその言葉は、香織にとっては青天の霹靂と言っていいものだった。
「……え? あの、オリビア様? 私も……ですか?」
「ええ、ミズハラカオリもミヤマカイト様とデートをしている訳ですから」
ここで重要なのは、快人は後で誤解を解こうとは考えているが、現時点でオリビアの誤解は解けてはおらず、オリビアはデートの食事に置いて相手に料理を食べさせる行為は必須であると思い込んでいる。
となれば当然、同じくデートをしている香織もそれを実行する必要があると考えているわけだ。
(ど、どうしよう? 私も? あ、あれだよね? 『あ~ん』ってやつをやるってことだよね。いやいや、それは恥ずかしすぎるというか……い、いやでもなぁ……一度ぐらいそういうのやってみたかったって気持ちが無いわけでもないし、それならこの流れはチャンスではあるのかも?)
本来なら青春真っ盛りといっていい時期に異世界に転移し、恋愛云々を二の次にして世界を旅していた香織に恋愛経験は皆無ではある。
だが、恋愛に対して憧れは持っているのだ。恋愛系の雑誌もよく読むし、演劇などを見ることもある……そして、現在はオリビアが先にそれを実行し、続けて行う香織はやり易い状況ではある。
そして相手はなんだかんだ言いつつも、いま一番気になる異性と言っていい快人……料理を食べさせ合うという行為に対して忌避感は無かった。
「じゃ、じゃあ、せっかくだし、快人くんさえよかったら、私もその……いいかな?」
「ええ、大丈夫ですよ。というか、俺としては普通に嬉しいですしね」
「ふぐっ、き、君は本当に……」
内心ではかなりドキドキしつつも、それでも年上としてのプライドがあるのか必死に冷静さを取り繕って話す香織に対し、快人は穏やかな微笑みで了承する。
(くっ、余裕を感じる。やっぱこの子、この手のシチュエーションにも慣れてるよ。あと、思ったより顔が近い……う、うぅ……くそぅ、カッコいいなぁ)
取り繕えていると思っているのは本人だけであり、香織は頬を赤くして視線を落ち着きなく動かしながら、それでもカナッペを手に取って快人の口に運ぶ。
オリビアのように意識を飛ばしたりということは無かったが、そうやって食べさせる関係上どうしても顔が近くなり気恥ずかしさを感じていた。
「ありがとうございます。じゃあ、香織さんもどうぞ」
「うっ、あぅ……い、いただきます」
そしてこれもオリビアの時と同じ流れで、快人も料理を差し出してきたので、香織はさらに顔を赤くしながらそれを食べる。
(……味わかんないよ!? あと、溢さないように顎下に軽く手を添えられてるのが、凄くドキドキするというか……恥ずかしっ!? いや、でも、これは結構キュンとくるなぁ……私って年上ぶりたいタイプだけど、こうやってリードされるのもそれはそれで、結構好きかも……)
突然の展開に驚きはしたし、実際に慣れない行動を行うのは恥ずかしく、いまも恥ずかしすぎて料理の味がイマイチわからないレベルに緊張はしている。
だがそれはそれとして、この行為自体は思っていた以上に悪くないというか……くすぐったいような幸福感があった。
(はぁ、もう本当に、こういうことばっかしてると……本気になっちゃうからね。いや、もう結構手遅れな気もしてきたけど……)
恥ずかしいが幸せという、なんとも言えない気持ちを抱きつつ、香織は思わず苦笑を浮かべていた。
シリアス先輩「恋愛経験は無く、耳年増的な部分もあるが、アリスほど拗らせてるわけではない。恋愛系に弱めな年上って感じが……ふっ……ダメージが……思ったよりいちゃついてんなこいつら……」