番外編・異世界人の新年会
あけましておめでとうございます。本年も作品ともども、よろしくお願いします。
普段はかなり持て余し気味の広い庭に、明るい声が響く。
「陽菜ちゃん、いい? 優しく、優しくだからね……」
「任せてください! えいっ!!」
「速いし強い!? もっと抑えて……」
明るい声と共に陽菜ちゃんが杵を振り下ろし、幼さの残る見た目からは想像もできないほどのスピードとパワーにより大きな音が響く。
身体強化魔法が得意な陽菜ちゃんは、加減したとしても並みの成人男性では比較にならないほどの身体能力を誇っており……餅をかき混ぜる合いの手係の葵ちゃんが、そのあまりの杵のスピードに青ざめていた。
「ほ~さすが本職だけあって手際がええな。ウチが手伝っても足引っ張りそうやわ。雑煮作りは香織に任せた方がええかもな」
「それでも全然問題ないよ。これでもいちおうプロの料理人だからね。大人数の料理を作るのにも慣れてるし、このぐらいの人数なら本当に私ひとりでも大丈夫なぐらいだよ……って、茜さんなに取り出してるの?」
「いや、雑煮作りは香織に任せて、ウチはたこ焼き作ろうかと思うて……」
「新年会にたこ焼き!?」
「ええやん。たこ焼きなんていつ食うても美味いんやし……よし、餅入れるか……」
別の場所では雑煮を作っている香織さんと、エデンさんに貰ったというたこ焼き器を取り出してたこ焼きを作り始めている茜さんの姿が見えた。
今日は新年ということもあって、せっかくなので同郷……異世界出身の者たちとその身内で新年会をやろうということになり、会場となった俺の家の庭にはいまトリニィアに住む異世界人が全員集結していた。
「正義くんは、さっきからなにを準備してるの?」
「え? ああ、こうやって切りやすい程度に焼いた餅を細かく切って、ピザソースとチーズとサラミと一緒にパンに乗せて焼いてなんちゃってピザでも作ろうかと思いまして……」
……天才か? 餅とピザソースを組み合わせる発想が出てこなかったが、聞いてみれば餅入りピザって感じでかなり美味しそうである。
正義くんの発想に感心しつつサツマイモを裏ごしして、栗きんとんを作っていく。おせちというほど本格的にではないが、正月っぽい料理をいろいろ作っている感じだ。
ちなみに全員が全員料理しているわけではない。というか、流石に全員で料理していては人手が過剰すぎるので、重信さんや俺の両親にはのんびりしてもらっている。
ちなみにいまは重信さんと父さんが将棋を打っており、母さんとハンナさんが見学している。
「……ぐっ、ま、待った」
「ふふ、ええ、何手戻しますか?」
「……8手頼む。しかし、和也さんは将棋つぇえな……」
父さんは俺とが違ってボードゲーム全般が得意であり、特に将棋に関しては昔小さな大会で優勝したこともあるらしい。プロを目指すほどの腕前ではないが、一般人寄りはかなり強いというのが父さんの談である。
「う~ん、これやっぱり私も皆を手伝ったほうが……」
「……アカリさん、私は将棋のルールをよく知りませんので、出来れば解説していただけると……」
「あ、そうですね。ハンナさんだけ残していくわけにもいかないですよね」
なお、あそこの組に関しては母さんを料理に参加させないという目的もある。母さんはこう、なんというか絶妙に料理が下手というか……滅茶苦茶な味にしたりするわけではないし、妙なアレンジを加えることもなく、分量とかもちゃんと守るのだが……焼き加減とか混ぜ具合というか、その辺が壊滅的にセンスが無いのか……なんか、絶妙に美味しくない感じの料理を作るのである。
おそらく父さん辺りからその話を聞いてるであろうハンナさんが、上手い具合に調理に参加しようとする母さんを引き留めてくれていた。
あと関係ない話ではあるが、母さんはボードゲームはすこぶる弱い。ただ、俺のようになぜか分からないけど、センスが欠片もないため弱いという感じというよりは、頭を使うゲームを単純に苦手にしているだけだ。
母さんは中学高校とずっと運動部だったらしいし、体格は小柄だが体を動かすスポーツとかの方が好きなタイプである。
「……よし、栗きんとんはこんな感じかな? 正義くん、そっちはなんか手伝うことある?」
「いえ、こちらももう終わるので大丈夫ですよ」
「じゃあ、俺はノインさんを手伝ってくるから」
「分かりました」
一緒に料理をしていた正義くんに声をかけてから、別の場所で料理をしているノインさんの元に移動する。今回は異世界人全員集合ということでノインさんももちろん参加している。
まぁ、ノインさんを連れてきた際には茜さんや重信さん夫妻にはかなり驚かれたし、茜さんには「……話せへんかった事情は分かるけど、それはそれとして一発どついてええか?」と言われた。
そんなノインさんは鯛の姿焼きを作ってくれており、調理器具の都合で少し離れた場所で調理していたのでそちらに近づくと割烹着姿のノインさんが居た。
「ノインさん、こっちはもうほぼ終わりましたが、手伝うことはありますか?」
「手伝いですか? こちらももう完成したところなので、手伝いは……ああ、でも、せっかくなので味見に協力してもらいましょうか……どうでしょう?」
「いいですね。身も柔らかくて凄く美味しいです」
「お口に合ったようならなによりです。それでは、こちらも完成でよさそうですね」
「そういえば、母さんが鯛は初日に食べちゃいけないんじゃとか言ってましたが……」
「初日に? ああ、もしかしてにらみ鯛のことでしょうかね?」
味見をした後で調理器具の片づけをするノインさんを手伝いながら、ふと母さんが言っていたことを思い出して尋ねてみた。
「にらみ鯛?」
「ええ、快人さんのお母様は西日本の出身なのではないでしょうか? すべての地域というわけではありませんが、西日本にはにらみ鯛といって、鯛の塩焼きを食卓に飾り三が日は手を付けず、四日目に温めなおして食べるという風習があるんですよ」
「へぇ、そんな風習があるんですね」
「正月の過ごし方というのは地域によってかなり違ったりもしますので、私の知らないような風習も多いと思いますよ。さて、料理を運びましょう」
「分かりました。それじゃあ俺はこれを……ああ、いや、すみません。ちょっと別に対応する必要がある事態が……」
「ああ、そうですね。あの方は快人さんでなければ……こちらはお任せください」
ノインさんと一緒に料理を運ぼうとしたのだが、その直後にある気配を感じて視線を動かすと……少し離れた場所で、参加したそうな顔でこちらを見ているマキナさんの姿があった。
さて、どうするべきか……我が子大好きのマキナさんとしては、我が子が集結しているこの場にはなんとしても参加したいんだろう。それでも、いきなりど真ん中に現れたりしないのはいちおう配慮しているのだろうか?
「……いや、違いますよ。シャローヴァナル様とアレコレ言い合いをした結果、シャローヴァナル様もマキナも自分から参加したりはしないって取り決めになったんですよ。ただ、カイトさん側から誘われるなら別なので、誘って欲しそうにチラ見してるんですよ」
「……ああ、なるほど、そういう……」
俺の疑問に答えるようにアリスが説明してくれたので、心底納得した。シロさんとの取り決めを破るつもりはないのだろうが、それでも諦めきれないといった感じにマキナさんを見て苦笑しつつアリスに声をかけた。
「アリス、悪いけど……」
「はぁ、分かりましたよ。あとで、なんか奢ってくださいね」
「ありがとう、助かる」
さすがにこれでマキナさんを参加させないというのは可哀そうだが、かといってこのシチュエーションで参加したらマキナさんは暴走待ったなしだろう。
というわけで以前の船上パーティの方式で行くことにして、マキナさんにエデンさんとしてなら参加して大丈夫だが、船上パーティの時と同じ対策をして欲しいと伝えた。
アリスが暴走するほうのマキナさんを抑える係になってしまうので、申し訳ないのだが……なんだかんだでアリスも親友であるマキナさんの要望は叶えてあげたいのか、苦笑を浮かべつつ了承してくれた。
まぁ、茜さんとか香織さんとかもそうだが、俺以外の異世界人に関してはエデンさんを慕っている感じなので、エデンさんが参加するとなっても文句は出ないだろう。
俺の提案を聞いて飛び上がるような勢いではしゃぐマキナさんを見て、アリスを顔を見合わせてからもう一度苦笑した。
シリアス先輩「な、なにぃ!? 正義さんに、こんな短期間でセリフが……正月の奇跡か……」