香織とオリビアとのデート④
仕事が最繁忙期で忙しいため少しだけ年末休みを頂きます。というわけで、今年の更新はこれで最後、次の更新は1月1日です。
飲み物が用意され、間もなく料理が届くというタイミングでオリビアは静かに思考を巡らせていた。今回の店を予約したのはオリビアであり、どんな料理が出てくるかもすべて把握している。
そしてその中で、デートの食事で必須の行為……とオリビアが思い込んでいるデート相手に料理を食べさせるという部分に関しても、それに適した料理を選んであった。
(前菜として出てくるのは、セミドライトマトとチーズのカナッペ……この店は薄くスライスしたバケットの上にトマトとチーズが乗っていると情報を得ています。サイズに関しても女性が一口で食べやすいように小さめにして食べやすく配慮してあると……。手で持って食す料理故に、ナイフやフォークの扱いを洗練しきれていない私でもミヤマカイト様の口に正確に運びやすい。やはり、前菜で行動を起こすべきですね)
オリビアは極端にまじめな性格であり、実際に足を運んではいないもののでこの店で出る料理については本当に細かな材料まで含めて調べつくしている。
そして快人の好みに合致しつつ、目標を達成できるようなメニューを選択したつもりだが、その中でも大本命と言えるのは前菜だった。
(事前に頭の中で想定は行ってきました。料理をデート相手に食べさせる行為の作法として、まず自分が最低でも一口は食べてから、相手にも食べてもらうという形で行うのがマナー。それを考慮するとやはり前菜が最適です。それ以外の料理である場合は、私が一口食しているという関係上、一度私が口に入れた食器を用いてミヤマカイト様に……ミヤマカイト様に……だ、駄目です!? やはりこの方法は、雑念が混じりすぎるというか、平静さを保てる自信がありません! や、やはり前菜……)
オリビアは今日のデートの日までに、入念なイメージトレーニングも行ってきていたが、それでも快人と間接キスという形になるのは、異様な恥ずかしさがあり避けるべしとの結論に達した。
ただそれでも、その結論を出した後も何度も何度もイメージトレーニングをして思い浮かべているあたり、心の奥底ではやってみたいという思いもあるのかもしれない。
ともかくそういった事情から、オリビアは前菜に狙いを定めて行動を起こすつもりでいた……そう、手で料理を持って食べさせるという形式を甘く見ていた。
「前菜がきましたね。これは、トマトとチーズですかね?」
「はい。セミドライトマトとチーズのカナッペでございます。そのまま手で持って召し上がりください。指を洗う際はこちらで、お手拭きも用意してありますのでご自由にお使いください」
店員が快人に説明する様子を見つつ、オリビアの緊張は最高潮に達しようとしていた。ドキドキと胸が高鳴っており、体温も少し上がっているような気がした。
(大丈夫、おかしなことはではありません。これはデートの定番の行為、世の恋人たちは皆経験していることです……あ、いや、別に私はミヤマカイト様の恋人ではないですが、デートを完遂するためには必要不可欠な行為です。タイミングを、間違ってはいけません……)
もちろんそんな緊張は快人にも伝わっているのだが、この状況でオリビアの緊張が高まっているのを知ってどう思うかと言えば「料理が快人の口に合うかどうか心配している」という想定になってしまうため、オリビアの真意にはまだ快人は気付いていない。
オリビアはまずは想定通りにひとつカナッペを口に運んで味を確かめ、快人も同様にひとつカナッペを食べたのを確認して口を開いた。
「ミヤマカイト様、私は今回のデートにあたり、必要な作法もしっかりと学んできたつもりです。必ずや、デートでの食事行為を完遂して見せます」
「……え? あ、はい。えっと、頑張ってください」
「はい!」
快人にしてみれば、昼食を食べるだけなのになぜそこまで気合を入れているのかと、若干戸惑いがちではあったが、次のオリビアの行動を見てどこか納得したような表情を浮かべた。
オリビアはカナッペをひとつ手に持ち、もう片方の手を添えるようにして、顔を赤くしながら快人の方へ差し出した。
「ど、どど、どうぞ……お召し上がりください!」
「……」
その行動に対し、快人は一瞬どうすべきか迷った。これまでの経験から、オリビアが若干の勘違いをしており、そうやって食べさせる行為が必須であると認識しているのではないかという疑いは持った。
これが事前に尋ねられたりしたのであれば誤解を正すように諭しただろうが、現状のオリビアは恥ずかしがりながらも行動を起こしており、この状況で間違いを指摘すればオリビアの羞恥心がとてつもないことになるのは間違いなかった。
となれば最善はここでは誤解を指摘せずに、あとでさりげなく誤解を解くのがいいだろうと、そう結論図けてオリビアに向かって優しく微笑む。
「ありがとうございます。じゃあ、せっかくなのでいただきますね」
「は、はい――ッ!?!?!?」
かくして快人はオリビアにとって望んだとおりに行動したのだが、ここでオリビアに大きな誤算が襲い掛かってきた。
一口サイズの料理を手で持って食べさせるという関係上、必然的に一時的にオリビアの指が快人の口の中に入ることになる。
それはほんの一瞬であったが、指先に感じる吐息の温もりや微かに触れた唇の感触が、痺れるような快感となってオリビアの思考を貫き、オリビアの思考は真っ白になった。
シリアス先輩「アリスとは違って、照れたりしてても行動を起こすから大変に厄介……」