香織とオリビアとのデート②
レストランの席に案内されながオリビアは自身が緊張していくのを感じていた。
(分かってはいたことですが、私もまだまだ未熟ですね。心の平静を上手く保つことができません)
今回のレストランはオリビアが選んで予約した。立場上事前に足を運ぶというのは難しかったが、様々な雑誌などで情報を集め、複数の店舗から厳選して選択した店だ。
快人が単純な高級店を好むわけではないというのはオリビアも理解しており、彼女が知りえる限りの情報や香織から得られた情報を元に、快人の好みであろう店を選んだつもりではある。
(自信は、あります。下調べに足を運べなかったことだけが心残りではありますが、可能な限りの情報は集めましたし、出される料理なども調べてそれに近いであろうものを自作して味見をしてみました。ミヤマカイト様が苦手とする食材が使用されている料理が無いことも確認済みです)
余談ではあるが、快人はピーマンが嫌いであることをオリビアや香織に伝えていた。快人はピーマンが苦手であることを恥ずかしがっており、あまり積極的に他人に言いたがらないのだが、オリビアから食事の店は自分が予約するという連絡を受けた際に伝えてあった。
理由は単純であり、仮にオリビアが知らぬままで選んだ料理にピーマンが入っており、顔に出やすい快人が嫌な表情を浮かべれば、まず間違いなくオリビアは凄まじい責任を感じるだろうと考えたからだった。それに比べれば自分が恥ずかしい思いをする程度は軽いものだと、事前にピーマンを苦手としていることを伝えてある。
案内された恐らくこのレストラン内で一番いい席……二階の窓近くの席で、赤レンガ造りの町並みがよく見える景色のいい席に座ることには、オリビアの緊張は若干表情に現れるほどになっていた。
料理に関しては事前に予約してあるので飲み物の注文のみを店員が取りに来て、その際に快人がエリスから貰った紹介のカードを渡して特製のジュースを注文していた。
「……いい雰囲気ですね。オリビアさんが選んでくれたんですよね?」
「は、はい」
「オリビア様、かなりいろいろ調べてたよ。私も何度も意見を求められたしね」
オリビアの緊張を解そうと快人が微笑みながら声をかけてきて、オリビアはやや緊張しつつも言葉を返した。そして香織がオリビアが頑張っていろいろ調べていたことを伝えると、快人は優し気な笑みを浮かべた後でそっと手を伸ばしてオリビアの頭を軽く撫でた。
「そうなんですね。いろいろ大変だったでしょう? ありがとうございます」
「ッ!?」
それは特に意識したというわけではなく、明らかに緊張している様子のオリビアをフォローとした結果の行動だった。たまたま手を伸ばせば届くぐらいの距離だったことと、ここまでのやり取りでオリビアから子犬感のようなものを感じていたため、一生懸命頑張ったオリビアを労おうと快人としてもつい無意識に撫でてしまった感じではあった。
(え? あ? ミヤマカイト様に撫で……な、なんですかいまのは……思考が溶けるように消えて、頭から幸福な温もりがおりてきて体が蕩けそうに……し、思考がまとまりません!? お、おお、落ち着いて……)
当たり前ではあるがオリビアにいままで頭を撫でられた経験などはない。その状態で心から敬愛すると言っていい快人に頭を撫でられた衝撃は凄まじく、心の底から心地よくて幸せだったのだが……あまりにその幸せの感情が大きすぎて心の中が大混乱していた。
「あ、すみません、つい」
「い、いい、いえ!? とても幸せで――いえ、そうではなく、お、お気になさらず!!」
結果として過去一番レベルで動揺したオリビアだったが、緊張しすぎて固まっていた思考をリセットするという意味では効果的だったのかもしれない。
快人に頭を撫でられる心地よさを知ってしまったため、今後もそれを期待したりして心が乱れたりする可能性はあるが、それでもいまこの時においては切り替えるいいきっかけとなった。
しばらくして思考の混乱が収まってくると、先程までよりは少し安定して思考が回るようになった。
(……大丈夫です。参考文献なども読み込みましたし、雑念に悩まされながら頭の中での想定も繰り返しました。私はきっとデートの食事を上手く完遂できるはずです)
ここにひとつ、大きな誤解があった。オリビアは確かにレストランに着いてからかなり緊張しており、快人はそれを「食事が快人の口に合わなかった場合を考えての緊張」だと認識していた。
だが、それは間違いである。確かに料理が快人の口に合わなかったらという不安が無いわけではないが、オリビアもここまでの快人との付き合いや、デート当日までの手紙のやりとりで快人の好みを把握した上で店を選んでおり、それなりに自信はあった。
そして快人の性格上、仮に口に合わなかったとしてもオリビアに罰を与えたりというのを望まないことも理解している。もし仮に口に合わなかった場合は後々個人的に反省の荒行を行い、二度と同じ間違いを繰り返さないようにするつもりではあったが……いまの緊張は別のところにあった。
ここで重要になってくるのは、オリビアはデートについて調べるにあたり恋愛小説や恋愛雑誌を参考にしているという点である。
そう、オリビアが極度に緊張していた理由は……「デート相手に料理を食べさせる」というシチュエーションを実行するつもりだったからなのだが……少なくとも現時点で快人がそれに気づくことは無かった。
シリアス先輩「そ、そうか、あくまで快人が分かるのは大まかな感情だけ……緊張は読み取れても、その理由に関しては違う可能性があるのか……くっ、ヒロイン力を……高めてきてる……だと?」
???「ヒロイン力って、そういう戦闘力みたいに高めたり抑えたりするシステムなんすか?」