閑話・その頃の会議室
アルクレシア帝国首都にある皇城の会議室には、アルクレシア帝国貴族の中で革新派と呼ばれる貴族たちが集まっていた。
皇帝クリスを中心に古い貴族主義的風習が多いアルクレシア帝国を変革しようという志の者たちであり、旧体制の継続を望む保守派とは対立関係にある。
とはいえ昨今は次代の流れやいくつもの政策が実を結んだこと、世界の特異点たる快人の存在による影響もあり、革新派が圧倒的に優勢でありアルクレシア帝国は徐々に変革していた。
それもあってかこうして派閥の貴族が集まる会議の空気は和やかであり、明るい前向きさを感じられた。
「しかし、ハミルトン侯爵家のエリス様は優秀な方ですね。私の方にも噂が伝わってきていますし、最近は特に勢いが凄いですね」
「ええ、親の贔屓目を抜きにしてもあの子は侯爵家の跡取りに相応しい能力を持っています。とはいえ、最近の件に関してはあの方の影響が大きいですが……」
「そうですね。本当に突然思いもやらない場所に交友を作るので、驚かされます」
皇帝であるクリスの言葉に、ハミルトン侯爵が苦笑しながら言葉を返す。彼の娘であるエリスはここ最近の社交界での話題の中心でもあり、現在アルクレシア帝国内においては最も注目の高い貴族との言える存在だった。
それもそのはずだろう、これまで王家とアルベルト公爵家以外では、同郷のネバーライト子爵家ぐらいにしか関わりが無かった快人が友人として付き合っている存在なのだから、話題にならない訳が無い。
「政治的な思惑が絡んでしまうのは申し訳ないですが、私個人としてもアルクレシア帝国の貴族がミヤマ様といい関係を築いてくれるのはありがたいですね」
「エリスも貴族の娘です。様々な政治的な思惑が絡むのは承知の上で、あの子であればミヤマカイト様には迷惑のかからぬように上手く立ち回れるでしょう。幸いにも婚約者の選定も終わっていない状態だったので、保守派の連中から政略を蔑ろにしているだのと横やりを入れられることもありませんでした」
「そうですね。本当に驚くことですが、実際アルクレシア帝国内の貴族の子息、あるいは当主まで含めたとしても、ミヤマ様と接するのであればエリス様が最適といえるほどですね。もし仮に私がミヤマ様に、アルクレシア帝国の貴族を紹介してほしいと頼まれたなら、選んだのはおそらくハミルトン侯爵家でしょうし……そう考えてみれば、数多の貴族の中で最適解と言える相手を引き当てているんですよね。いやはや、流石というかなんというか……」
エリスが快人と友人関係になったという報告を聞いた時はクリスも驚いたが、アルクレシア帝国内の貴族で探すなら、クリスが考えたとしてもエリスが最適な存在だった。
アルクレシア帝国の貴族とはまったく関わりが無い状態で、最初に最適解と言える存在を引き当てるのは快人の縁に恵まれる才能を感じさせるものだった。
「……ですが、注意してくださいね。ミヤマ様は本当にこちらの常識が通用しないと言いますか、本人が意図していなくても思わぬところから影響を与えたりする方なので、油断しているとなにが起こるか分からないです。私も建国記念祭の際にはかなり振り回されてしまったので……」
「ええ、それに関しては当家も短い間で実感しました。本当に不意打ちのような……」
苦笑を浮かべるクリスにハミルトン侯爵も苦笑しながら言葉を返していたが、そのタイミングで会議室のドアが開かれ慌てた様子でクリスの部下が駆け込んできた。
「陛下! 至急お耳に入れたいことが……」
「なんでしょう?」
「交易都市ルファンのディア・ロイヤルチョコレートにて、ミヤマカイト様と……その……教主オリビア様の姿が確認されたという報告が……」
「…………」
報告を聞いてクリスはなんとも言えない表情で天を仰ぎ、ハミルトン侯爵も普段の厳格な様子が嘘のようにポカンとした表情を浮かべていた。
今回はたまたまディア・ロイヤルチョコレートの店内に革新派の貴族が居たことで、クリスの下に素早く情報が届いたが、それでもオリビアが来店しているというのは衝撃的な展開だった。
もちろん快人とオリビアの邪魔をしたりするわけではないが、アルクレシア帝国の貴族の店にオリビアが来訪したとあっては、今後様々な噂が飛び交うことになるのは間違いない。
そうなると事前に対策を考えておかないといけないわけで……どこか和やかだった話し合いの席が、緊急会議の場に変貌したのは言うまでもないことである。
なお、ラサルに関する情報はまだ届いていないので、これからまだ追加で驚く羽目にはなる上、死王陣営との取引に関する話までエリスが持ってくることとなり、ハミルトン侯爵も胃を痛めることになるのだが、それはまだ先の話である。
シリアス先輩「信じて送り出した娘が、教主に名前を憶えられて、後の来店を仄めかすような言葉を貰い、死王陣営との取引の話を持って帰ってきた……両親もまとめて胃痛にする様は、まさに匠の技」