デート計画実行㊸
たまたまエリスが快人たちの場所から少し離れていたこともあって、快人がラサルに対して先に香織を紹介することとなり、エリスは少しばかりの猶予を得た。
流れを考えれば次に快人はエリスを紹介……場合によってはオリビアを挟む可能性もあるが、オリビアもラサルも互いに興味が無さそうな様子なので、高い確率で次はエリスが紹介されることとなるだろう。
(……困りましたね。ラサル・マルフェク様に関しては本当に情報が少なく、どう対応するのが正解か分かりません。魔界一の死霊術師として有名なのは知っていますが、私は死霊術に詳しくはありませんのでそちらの方向で話を広げるのは悪手でしょう。素人が付け焼刃の知識で話をしたところで失笑を買うのが落ちです)
エリスは貴族であり、他者との繋がりやコネクションは重要である。唐突な展開とはいえ、自己紹介をする形になるのであれば伯爵級最上位という魔界でも屈指の実力者であるラサルには、今後を考えればいい印象を持ってもらった方がいい。
しかし、ラサルは最近死王配下に加わった存在で公式の場に出たことはほぼない。死王配下であるという情報こそある程度広まってはいるが、それ以外の情報はほぼ皆無と言っていいほどだ。
それもそのはず、ラサルはそれこそ数千年単位で黒い森の奥に籠って研究を続けていた存在であり、黒い森が危険地帯なことやティアマトが有名なこともあって合わせて名こそ知られているが、それ以外の情報に関しては少なくともエリスの持つ情報網では得られていない。
(先程教主様に関しては立場的な部分や、宗教的な要素も相まって個人での付き合いという意味合いで侯爵令嬢であることは伝えませんでした。ラサル・マルフェク様に対してはどうするべきか……基本的に死王様の陣営は、一部の採掘関連を除いて他所と交流を持つことは無いですが、最近配下が急激に増えて陣営そのものが大きくなっているという話ですし、早い内にある程度の付き合いを得ておいたほうがいいのでしょうか? ですが、実際交流を持つ場面になったとしても、私では死の魔力の圧に耐えることはできないでしょうから、死王様と直接交流するのは不可能……となるとやはりここは教主様の時と同じように、侯爵家と死王様陣営ではなく、私とラサル様の個人的な交流にとどめておくべきでしょうね)
素早く思考を巡らせて大まかな方針を決定したエリス……丁度そのタイミングで、香織とラサルの話が終わり快人がエリスの方を向いた。
「ああ、それで、改めてですが……そちらがこの店のオーナーの」
「エリス・ディア・ハミルトンと申します。本日は当店にご来店いただきまして、ありがとうございます」
「ラサル・マルフェク、死王アイシス様の配下ダ。よろしく頼ム」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
想定通りの流れではあったが、エリスに油断は無かった。ここまで幾度となく予想外の事態が起きたため、なにかしら不測の事態が起こりうる可能性は考えていた。
ラサルに関する情報は少なく、エリス側から会話を振って話を盛り上げるのは難しいが、ラサルが振ってきた話題に対応する自信はあった。
(自信を持つのです。私は厳しい淑女教育を乗り越えてきました。降られた話題に対応していい印象を持ってもらえるだけの知識も話術も持っているはずです。ラサル様はかなり知的なお方ですし、探る或いは私を品定めするような話題を振ってくる可能性が高い。少なくともそうそうこちらに対して気を許したりすることは無いでしょうから、それを想定した上での立ち回りを……)
エリスの想定は間違ってない。ラサルは頭がよく警戒心も強いため、初対面の相手に対してはその本質を見定めることが多い。
ある程度探り合うような会話をして、エリスの人となりを見定めたら適当なところで話を打ち切るだろう……そう、ここに……快人さえ居なければ……。
「……ミヤマカイト様、質問をお許しくださイ。ご友人と仰られていましたガ、貴方の目から見て彼女は信用に値する人物でしょうカ?」
「え? ええ、俺はエリスさんは凄くいい人だと思ってますし、心から信用してますよ」
「なるほド……返答に感謝しまス」
エリスが預かり知らぬことではあるが、船上パーティの時のトーレがそうだったように、快人の人を見る目に高い信頼を持っているものは多く、ラサルもそのひとりである。
アイシスから様々な話を聞いていることもあるが、様々な祝福による凄まじい幸運に、ラサル自身が見定めたこれまでの快人の性質……それらを合わせて、ラサルは快人が信用している相手なら信頼に値すると判断する程度には、快人を高く評価していた。
「エリス・ディア・ハミルトン……貴方ハ、アルクレシア帝国のハミルトン侯爵家に属する者だと思うのだガ、間違いはないだろうカ?」
「は、はい。私はハミルトン侯爵家の嫡子です」
「そうカ……でハ、可能であれば後ほど少し時間をいただきたイ。丁度我々死王陣営も今後はある程度外に対する繋がりを持っておくべきだと考えていてナ。その過程としテ、死の大地で採掘できる鉱石類の輸出先を増やすことを考えているのダ。ミヤマカイト様が信用している相手ならバ、申し分が無イ。その辺りも含めテ、話をさせてもらえると助かル」
「……は、はい。もちろんです」
ラサルの話を聞いて、エリスは本当に一瞬意識が飛んだ。なぜならこれは非常に大きい事態というか、いままでは死の大地にて採掘される鉱石類は、魔界の商会が独占している状態だった。
もちろんあくまで取引先を増やすというのは現時点では考えているだけではあるので、即ハミルトン侯爵家と取引が始まるわけではないのだが……それでもあまりにも大きすぎる話だった。
(……な、なんでぇ? カイトしゃまが凄すぎて、ぜんぜん思った通りにならにゃい……)
心の中の声すら崩れながら、エリスは引きつった笑みを浮かべていた。
シリアス先輩「いや、実際世界に愛されている特異点たる快人が信用してるってのは、かなり安牌だと思う。結果として、快人が信用しているという情報によって、一気に好感度が上がって上位者たちがエリスに対して友好的になり、エリスの胃が痛めつけられるという……」