デート計画実行㊴
エリス・ディア・ハミルトンは、間違いなく才女と呼ばれる女性である。幼い頃から侯爵家の令嬢として、知識やマナー、話術に政治、経営と様々な分野を学び、周囲の期待にしっかりと応えてきた。
若くして侯爵家の次期当主という確たるものにしていることからも、その能力の高さはうかがい知ることができる。
だがしかし、才能や本人の努力といった分野でどうにかなるのであれば、人族史上において飛び抜けた天才であるリリアが胃痛に悩むことは無かったはずだ。そう、快人に関していえば、エリスが今まで培ってきた常識や知識がまるで通用しないと言っていい。
(状況的に言えば、あくまで個人……ハミルトン侯爵家ではなく、私個人との交流であることは間違いありません。ですが、世間的にはハミルトン侯爵家が教主様との交友があると認識されるのは間違いありません。と、当家は神教関連はあまり力を入れていないというか、別の四大貴族の領分に関わるので触れていなかったですが……こうなった以上、神教関連にも手を広げるしか……い、いえ、私の事情は後です! 胃は痛いですが、カイト様たちを待たせてはいけません)
ある意味では不屈と言えるかもしれない強い心で、エリスは混乱していた思考を立て直した。いや、立て直したというよりは、厄介な内容は後回しにして今は考えないことにしたというべきだろう。
ともあれ、無理やり持ち直したエリスは微笑みを浮かべて口を開く。
「カイト様、お二方の会員証は用意いたしましょうか? 5分ほどいただければ、ご用意できますよ」
「あ、そうですね。香織さん、オリビアさん、どうしますか? 今日買い物する分には問題ないと思いますが、今日以降来たりするなら会員証があった方がいいかもしれませんよ」
快人に確認をしつつ、エリスは頭の中で思考を巡らせる。オリビアに関しても香織に関しても情報は少ないが、ここまでのやり取りや、オリビアに関しては伝え聞く話を照らし合わせて今後の展開を予想する。
(教主様が会員証を作ることは無いでしょう。少なくともカイト様が同行している状態以外で、こういった店に訪れる姿は想像できませんし、そもそも飲食はしないと聞いた覚えもあります。ミズハラカオリ様の方は、高級店に委縮しており、雰囲気や言動から金銭事情に関しては一般市民レベルと推測されますが……こういった高級店への憧れのようなものも感じるので、記念に会員証を作っておく可能性が高いですね)
エリスの推察は的を得ている。香織は確かに一般人であり、ディア・ロイヤルチョコレートの店で気軽に買い物できるような財力はない。
だがそれはそれとして、せっかくだから高級店の会員証も持っておきたいし、いつかの機会に自分へのご褒美とかで買いに来る可能性もあると考えていた。
「あ、じゃあ、私はせっかくだから作らせてもらってもいいですか? その、今後買いにこれるかどうかは、分かりませんが……」
「ええ、もちろんです。年会費等がかかるものでもありませんので、安心してお持ちください」
香織の反応は完全に予想通りであり、会員証の用意も問題はない。ただエリスの予想と少し違っていたのは、即座に断ると思っていたオリビアが、なにか思案するような表情を浮かべていたことだった。
「……ミヤマカイト様、返答の前に質問をお許しください。ミヤマカイト様は、チョコレートは好んで食されるのでしょうか?」
「え? ええ、チョコレートは好きですよ」
「なるほど、ではこの店のチョコレートの味はミヤマカイト様の好みに合致するものでしょうか?」
「ええ、エリスさんの店のチョコレートはかなり好きな味で、前に来た時もいくつか買って帰りました」
いくつかの質問をした後で、オリビアは軽く頷いてからエリスの方を向く。
「それでは、私も今後個人的に来店することにしましたので、会員証を用意してください」
「……か、畏まりました」
エリスはいま一瞬、己の耳が遠くなったのかと錯覚した。いまの口ぶりからして、快人が居ない状況においても来店すると言っているように聞こえ、それは完全に予想外だった。
それも致し方ないだろう。確かに以前のオリビアならそんな選択肢は選ばなかったが……快人と会って以降、頻繁に香織の店に足を運んでいたり、お茶などの知識を深めたり、オリビアはここ最近食に関する知識を積極的に得ている。
エリスの店に関しても、快人が好みの味だと発言したことで参考にしようと考えていた。特に以前快人を茶に誘った際のことがオリビアには強く印象に残っており、自分が用意した品を快人が「美味しい」と言ってくれることに、本人にはあまり自覚が無いものの強い幸福感を覚えていた。
なので次の機会に向けて、茶請けの菓子類もしっかり学ぼうと思っての判断なのだが……当然そんな事情をエリスが知るわけもなく、心の中に大量のクエッションマークを浮かべつつ、胃を痛めていた。
シリアス先輩「そういえば、船上パーティの時に国王同士が快人との仲良し度でマウント取り合ってたけど、実際に一番仲がいい貴族ってリリア以外だと誰?」
???「リリアさん以外だと、エリスさんも結構いい線いってますがまだ知り合って間もないですし……その条件だとぶっちぎりでオーキッドさんですね」
シリアス先輩「リリアの甥の王子だっけ?」
???「ええ、オーキッドさんはカイトさんがため口で話す数少ない相手ですし、ちょくちょくカイトさんの方から王城に足を運んで一緒にお茶を飲んでたり、ネピュラさんの茶葉をお裾分けに行ったりしてて仲がいいですし……家建てる時とかみたいな、王家に伺いを立てる必要がある際は真っ先に連絡する相手ですね。カイトさんにとって貴重な『歳が近い同性の友達』というポジションをガッチリ確保してる感じですね」