デート計画実行㉚
快人の一言で少し前までの落ち着いた精神状態は何だったのかというほどオリビアの心は乱れていた。思考はぐるぐると回り続けて定まらず、嬉しいのか困惑しているのかさえ分からないような状態だった。
(な、なぜ、こんなにも動揺を……今の一言は言ってみれば社交辞令のようなものではありませんか。参考にした文献などにも、そういったやりとりは記載されていましたし……ここは、微笑みを浮かべて礼の言葉を返すのが正解の筈です)
そう、頭では理解しているし事前にそうなった場合の対応についても勉強してきた。しかし机上と実践は違うというのも世の常であり、快人が己の服装などに言及し称賛してくれる可能性を考慮して対策を考えてはいても、実際に告げられると頭は真っ白になりすべてが瓦解した。
「……オリビアさん?」
「あ、し、失礼しました。あ、ああ、あり、ありがとうございます! ミヤマカイト様に、そういっていただけて光栄の極み……ミ、ミヤマカイト様におかれましても……おかれましても……」
動揺はかなり大きかったが、それでもなんとか称賛に対するお礼を口にはできた。オリビアが事前に脳内で想定していた姿とは似ても似つかぬ様子ではあったが、とりあえずの対応はできた。
故にオリビアはそのまま続けて、快人に対する称賛の言葉を口にしようとした。服を褒められたのだから、こちらも服を褒めるという返しを行おうとしたのだが……そちらも、オリビアの予想とは違って上手く言葉にならない。
(……あ、あまりにも素敵すぎるのは? 神々しさすら感じます。元々、世界の至宝と呼んで差し支えないほど、ミヤマカイト様の容姿は素晴らしく、まさしく太陽の化身と呼べるほどの輝きでした。ですが、今日は普段とはまた違った服装で……服装を変えるだけで、こうも雰囲気が変わるものなのでしょうか!? すべてが高次元かつスマートに纏まっていて、直視するのすら難しいほどです。む、むしろこれは、最新式の記録魔法具というもので撮影し、最高級の額縁を用意した上で祈りの間に飾るべき神々しさではないでしょうか?)
今回は快人も、以前にハイドラ王国で買った服を着ており、普段の服装と比較するとやや大人っぽい雰囲気になってはいた。
そんな快人の姿にオリビアはすっかり見惚れてしまっており、赤らめた表情で口をパクパクと動かしてはいたが、言葉は一向に出てこない。
オリビアは確かに今日に至るまでの間に、精神を研ぎ澄ました。動揺や雑念をすべて快人への感謝に置き換えるという形で、気持ちを昇華していた。
だが、それはいうなれば快人への好意を極限まで高めつつ、今日という日までほぼずっと快人のことを考え続けていたということに等しく……言ってしまえば、現状オリビアの中で極まっているのは落ち着いた精神などではなく、快人に対する好意である。
故に些細な快人の称賛の言葉にも大げさに反応してしまうし、普段ですら心の中で常時称賛するほど快人に好意的なのにも関わらず、今日は普段の倍ほど快人がカッコよく見えるという状態に陥っていた。
早い話が、落ち着いた心を獲得するどころか、普段よりも遥かに快人に対して弱い状態といえた。
「……か、重ね重ね失礼いたしました。ミヤマカイト様のお召し物も大変すばらしく、こうしてその神々しきお姿を目にできたことを、心より感謝します」
「ありがとうございます。改めて、今日は一日よろしくお願いします」
「は、はい! お任せください」
アリスの言葉を借りるのならば、恋愛クソ雑魚モードに突入しているオリビアではあったが、それでもなんとか冷静さを取り戻し……もとい表面上だけは取り繕って、話を進める。
元々今回は予定が決まっているというのも追い風となった。動揺はしていてもスケジュールは事前に決まっているので、その通りに行動すれば問題ない。
「それでは、さっそくですが現地に向かいましょう。ミヤマカイト様、ミズハラカオリ、転移を行いますので……手……あっ……その……て、てて……手を……いえ、どこか私に触れて……あ、いえ、やはり手を……」
「ああ、一緒に転移するために体に触れる必要があるんですね。じゃあ、手を失礼しますね」
「ふぇっ!?」
「え? あ、すみません」
「い、いい、いえ、だだ、大丈夫です! も、問題はまったくありません。お手を失礼します」
「……オリビア様がこんなに動揺してるのは初めて見たよ。さすが快人くん……」
ちょっとしたことにも過剰に反応してしまう状態であるオリビアは、今日これからの展開に不安を覚えながらそれでも務めて冷静になろうとしつつ、転移魔法を発動した。
シリアス先輩「れ、恋愛クソ雑魚モードだと……いや、でも、アリスとは違ってクソ雑魚状態でもなんとか行動しようとするから、自分の方から自爆しに行ってるようなパターンが多い気もする」