デート計画実行⑫
別次元のハイドラ王国の建国記念祭にてシャローヴァナルより快人とデートを行うように指示を受け、香織の協力も得つつデート計画を完成させ、快人を誘うことにも成功したオリビア……彼女はいま、友好都市大聖堂の最奥にある教主の間にて深い祈りを捧げていた。
デートの約束の日まではまだ15日あり、現在行っている祈りはデート10日前から行うと宣言していた祈りの儀式とはなんの関係もない普通の祈りであり、元々仕事が無い時はほぼこうして祈っているオリビアにとってはいつも通りの状態とは言えた。
しかし、やはりデートが近付いているからか、頭の中にはそのことが思い浮かんでいた。
(……シャローヴァナル様の深きお考えを察することは、未熟なるこの身では難しいです。しかし、シャローヴァナル様が必要であると判断した以上、このデートは私にとってとても重要なものとなるはずです。快く承諾してくださったミヤマカイト様にも深い感謝を……)
極端な言い方をしてしまえば、ここまではまだオリビアも落ち着いた思考だった。波ひとつない海のように心静かな祈りを捧げていた。
だが、知識を得るということが時に思考を鈍らせることに繋がることもある。オリビアは極めて真面目な性格であり、デートの計画立案にも全力で取り組み、様々な参考資料にも目を通した。その結果として、彼女の恋愛に関する知識は飛躍的に向上しているといっていい状態だった。
(……しかし、デート……そう、シャローヴァナル様に命じられたのはデートです。であるならば、ただの外出ではなくデートでしか行わないような行動を行ってしかるべき。これはデートの予定とは別の、デート中の私の行動、ひいてはミヤマカイト様への接し方に関係のある事です。そう、例えばミヤマカイト様と手を繋いで歩いたり……手を……繋いで……)
微動だにしていなかったオリビアの肩がピクッと動く、普段であれば祈りの最中にオリビアの体が動くようなことは無い。すなわち、思わず体が動いてしまうほど心の中に動揺が生まれたことを意味していた。
(……し、しかし、それはあまりにも破廉恥すぎるのではないでしょうか? 手を繋ぐということは、私とミヤマカイト様の素肌を密着させるということですし、ミ、ミヤマカイト様に痴女のように思われてしまう可能性も……い、いえ、ミヤマカイト様はそんなお方ではありません。仮に無知な私が、愚かにも手を繋いで歩くことを提案したとしても、きっと優しく微笑んで……)
実際のところオリビアの想定は間違っていない。仮にデートの当日にオリビアが手を繋いで歩くことを提案したとすれば、快人は快くそれを承諾してくれただろう。
そう、想定は間違っていないが……その光景を頭に思い浮かべたオリビアの動揺は非常に大きく、どこか慌てた様子でぐっと閉じていた目に力を入れる。
すると教主の間の中に火柱やマグマが現れ、常人であれば一瞬で焼け死ぬような熱量に包まれるが、オリビアは微動だにしないまま必死に祈りを続ける……まるで頬にさした赤みは、周囲の熱のせいだと言い聞かせるかのように……。
(な、なんて浅ましい想像を!? ミヤマカイト様に対してあまりにも不敬、雑念を消さなければ……もっと深く、真摯な祈りを……そういえば、参考にした書物には互いに料理を食べさせ合うというものも――ッ!?!?)
考えないようにと意識したはずが、かえってそちらに考えが向いてしまうというのはあるものだ。オリビアも例に漏れず、様々な参考資料で得たデートの知識が頭に思い浮かび、さらには快人と自分がそのシチュエーションになった場合の想像まで頭に思い浮かぶ始末であった。
室内の熱気とは関係なく顔を茹ったかのように赤くしたオリビアは、動揺して落ち着かない思考を戻すため、さらなる荒行を行う。
オリビアがぐっと手に力を込めると、教主の間に空間隔離結界が展開され、作り出された空間の中でオリビアに巨大な隕石や落雷が降り注ぐ。
(ざ、雑念が……思考が乱れて、こ、これほどまでに祈りの思考が乱れるのは初めての経験です!? くっ、雑念を消して、透き通った思考で祈りを……ミ、ミヤマカイト様のお姿が頭から離れません!? な、なぜ? い、いまからこんな状態でどうするのですか! これではデート当日にどうなってしまうか……くっ、や、やはり、シャローヴァナル様の課される試練、一筋縄ではいかないようです。当日までに、しっかりと気持ちを作り上げなければ……)
真面目過ぎる性格が故に、一度思考の渦にハマってしまうと中々抜け出すことは難しく、オリビアの顔の赤みが消えるまでにはかなりの時間を要することとなった。
なお、余談ではあるが……その後、明らかに疲弊している様子のオリビアを見た神官たちの中で『神教には教主でさえ疲労するほどに過酷な祈りの荒行が存在する』と、まことしやかに囁かれることとなった。
シリアス先輩「真面目過ぎるから、ここまではデートの計画作成に全力で集中していて、それがひと段落して快人からの承諾も得たことで、少し余裕ができていろいろ考えるようになった結果か……ヒロインしてるじゃないかコイツ……」