デート計画実行⑤
想定していた展開が初手で瓦解したエリスではあったが、そこは流石は大貴族の嫡子というべきか、心の中では動揺しつつも笑顔を崩すことなく快人とジュティアに近づいて一礼した。
「カイト様、ジュティア様、本日はようこそいらっしゃいました。私はたまたま視察でこちらに来ていまして、おふたりの来店に気付くのが遅れ、挨拶が遅くなってしまったこと、お詫びいたします」
「ああいえ、気にしないでください。というか、エリスさんが居るとは思ってなかったので……というか、雑誌の記事をしっかり見てなくて、最初はエリスさんがオーナーだって知らなかったんですよ」
「なるほど、いえ、それは無理もないことです。貴族であればともかく、普通は店舗の経営者が誰かまで深く調べて買い物をするわけではありませんからね。むしろ、どんなきっかけであれ私の店がカイト様の目に留まったことを嬉しく思います」
穏やかな口調と微笑みで快人と会話をしながら、エリスは心の中で安堵していた。彼女自身がそうなるように言葉を選んだというのもあるが、いまの快人との会話は彼女にとって理想的な流れだった。
(……ありがとうございます、カイト様。とてもいい会話の流れです。周囲の客、特に貴族は私たちの会話にそれとなく聞き耳を立てていますし、いまの会話の流れであればカイト様と私の会合が偶然であるというのが印象付けられたはず……変な噂が流れる可能性を、ある程度は抑制できましたね)
そう、エリスがまずふたりの来店に気付くのが遅れたことを謝罪しつつ、たまたま視察に来ていたと発言したことで、快人からそれに対するフォローが入る。そうなれば、あくまで快人は買い物が目的で訪れ、そこに偶然エリスが居ただけであり、エリスが快人を招待したわけでも、快人がエリス目当てで訪れたわけでもないということを自然と周囲に伝達できる。
とっさの立て直しとしては最高の結果であり、不測の事態に遭遇した際の対応という、貴族にとって己の技量が問われる場面を見事に対応して見せた。
「ああでも、いちおう来店する前にはエリスさんの店だとは聞いてましたし、せっかくだからエリスさんに会えたらいいなぁとは思っていたので、こうして会えて嬉しいです。ああ、そういえば、手紙にも書きましたが素敵なハンカチをありがとうございました」
「……い、いえ、喜んでいただけたのなら、私も嬉しく思います」
そして、例によって想定以上に好意的な快人の返答によって、彼女の思惑は即座に瓦解した。
(カイト様ぁ……その発言は誤解を受けます、本当に……ハンカチはカイト様にいろいろ頂いた返礼に贈ったものなのですが、いまの発言だと単にプレゼントとして贈ったように……認識されますね、確実に……だからと言って、返礼であることをここで強くアピールするのは不自然ですし、なによりカイト様に失礼……)
周囲で買い物をしつつ、さりげなく聞き耳を立てている貴族たちに対し、少なくともエリスは快人に対してプレゼントを贈り、快人がそれを喜んでいるという認識は広まった。
これに関してはもはや修正は不可能だろうと即座に悟ったエリスは、若干遠い目になりつつも続けてジュティアに挨拶をする。
「ジュティア様は、以前にもご来店くださったようで……再度のご来店、ありがとうございます」
「ここのチョコレートは美味しかったし、紅茶にも合うからね。ボクも、ボクも、結構気に入ってるぜぃ。エリスとは、前にあったときはゆっくり話す時間もなかったし、機会があればそのうちお茶でもしながらゆっくり話したいね」
「はえ? あ、はい! 光栄です!」
その言葉は流石のエリスも完全に想定外だったため、一瞬唖然とした表情を晒してしまった。それもそのはずだろう、言ってみればいまの発言はジュティアからエリスに対し、今後自分を茶会などに招待をしてもかまわないという遠回しの許可が出たようなものだった。
(え? えぇ? な、なぜ? どうして? ジュティア様からここまで高く評価していただけるようなことはなにも……あっ、ま、まさか、カイト様が私に対して好意的な感情を向けているから……それがジュティア様の評価にも影響を?)
エリスの推測は正しい。これもエリスが預かり知らぬ話ではあるが、ジュティアは快人のことを非常に気に入っており、快人と親しいという要因によってエリスの評価もかなり高くなっている。
つまるところ、快人がそれだけ親しくしている相手なら自分もゆっくり話をしてみたいといった感じである。
そして、結果としてここに……ハミルトン侯爵家嫡子、エリス・ディア・ハミルトンは宮間快人と懇意であり、かつ大樹姫ジュティアからの評価も高い人物という認識が誕生した。
今後社交界で流れるであろう己の噂を考え、エリスは無意識にお腹に手を当てていた。
シリアス先輩「もうやめてあげてぇ!? サンドバックかってぐらいボコボコにされてるじゃないか……もう、エリスの胃のライフはゼロよ!」