デート計画実行④
なんのことは無い視察のはずだった。月に一度行っている定期的な視察であり、本当にザックリと店舗の様子と最近の売り上げの推移を確認するだけ……特に新商品の会議をするわけでもなく、キャンペーンを行ったりするわけでもない。
あくまで順調に店舗が経営されていることを確認するだけ……の筈だった。
(な、なんでカイト様が!? ジュティア様は、過去にも来店の記録がありますが、カイト様は来店されたことが無いはず。というより、アルクレシア帝国において首都以外にカイト様が訪れたという話をほぼ聞きません。有翼族の里に足を運んだという噂は聞きましたが……こういった交易都市に来たことは無いはずです)
当然ではあるが、世界の特異点たる快人への注目度は高く、大貴族であるハミルトン侯爵家も独自に快人の情報は集めている。
もちろん快人が首都以外を訪れないなどと考えているわけではないが、それでもまさかピンポイントで自分の店に現れるとは予想外にもほどがあった。
とはいえ流石は侯爵家の嫡子として淑女教育などを受けてきたエリスであり、混乱しつつもすぐに行動を開始していた。
即座に用意された快人用の会員証を手に持ち、部屋を出て販売フロアに向かう。通常時ならともかく、オーナーである己が居る時に訪れた快人とジュディアに対して、挨拶をしないなどという選択肢は存在しない。
程なくして販売フロアに辿り着いたエリスは、サッと素早く目線だけを動かして店内を確認する。快人とジュティアの位置だけでなく、店内にいる他の客に関しても……。
(従者は抜きにして考えて……うちの派閥の貴族がひとり。こちらは対処は容易ですね。問題は、うちの派閥じゃない貴族がふたり。子爵家の次女と伯爵夫人……ここが一番の問題ですね。そして一般客、商人という可能性もありますが、少なくとも貴族ではない客がふたり……)
エリスはアルクレシア帝国の主要貴族と各家の第三子ぐらいまでであれば、顔と名前は記憶している。ハミルトン侯爵家の派閥に属する貴族に関しては対応は容易であり、口止めなども可能である。
だが別派閥の貴族は難しい上、伯爵夫人も居るのが厄介だった。社交界には様々な噂が溢れており、貴族というのは噂好きだ。快人がエリスの店を訪れたという話は早々に広まるだろう。
(ですが、ジュティア様がご一緒なのは幸いでしたね。これでしたら、おふたりが偶然立ち寄ったという状況に信憑性が出ます。ただでさえ、前回の件でカイト様との関係を勘ぐられている状況……カイト様に迷惑をかけてしまわないように、ここは適切な距離感で……)
頭の中で素早く考えをまとめたエリスは、気品を感じる優雅な足取りで快人たちの下へ向かう。すると近づいてくるエリスに気付いたのか、快人がエリスの方に顔を向け嬉しそうな笑顔を浮かべて口を開いた。
「あっ、エリスさん。こんにちは」
そしてその笑顔によって、先程まで頭の中で想定していたエリスのプランは粉々に砕け散った。
(カイト様ぁぁぁぁ!? な、なんで、そんな嬉しそうな顔を……な、なんでですか!? 本当になぜ、カイト様はそんなに私に好意的な感情を……い、いえ、光栄ですし、私個人としては嬉しいのですが……そういった反応をされてしまうとですね!? ただでさえ、広まりつつある私とカイト様が恋仲だという噂に拍車が……)
エリスやハミルトン侯爵家は否定しているものの、社交界などではエリスが快人に望まれているのではといった噂は存在している。もちろん確たる証拠などは無く、噂好きの貴族たちによる誇張も含まれているが……いつの世も色恋沙汰の噂には一定以上の需要が存在し、ハミルトン侯爵家の力でも完全に噂を消すことは難しい。
そしていま、エリスを見つけた快人が明らかに嬉しそうな表情を浮かべたことで、今後噂の勢いが増すことを考えれば、胃を抑えたい思いではあった。
そもそもの話、エリスが快人に気に入られているかと言えば……間違いなく気に入られている。というのも、エリスは性格に強い癖などがなく、穏やかで心優しい。
快人の認識を分類するなら、ジークリンデやカミリア、香織といった面々と同じく極めて話しやすい相手に分類されるため、現時点でも好感度はかなり高い。
その上、エリス自身は預かり知らぬことではあるが……20歳である彼女が快人の知り合いの中でもかなり珍しい快人に年齢が近い存在というのも、話しやすさを向上させているのかもしれない。
もちろんその辺りの事情を知らないエリスにとっては、本当に不思議であり例の如く頭の中には大量のクエッションマークが浮かんでいた。
シリアス先輩「あ~ジークやカミリアや香織と同じ枠に入ってるのか……確かにその辺りの相手には、最初っからかなり快人側の好感度が高い気がする。ある意味では、快人の好みのタイプって言えるのかもしれないな……」
???「あと、何気にカイトさんの知り合いで、トリニィアの住人という括りで言えばかなり珍しいカイトさんより年下の存在なので、その辺りも話しやすさに拍車をかけてるのかもしれませんね」
シリアス先輩「……そういえば、後輩組を除けば明確な年下ってかなり貴重か……アニマは魔物時代含むと微妙だし、オーキッド、アマリエ、カトレア、ウルペクラ……その辺りぐらいかな?」