閑話・船上パーティの後で~アイン編~
魔界にあるクロムエイナの居城の大広間には、船上パーティから帰ってきた面々が自然と集まっており、その視線はある一点……和やかなはずの広間の空気の中で、研ぎ澄まされた刃の如き雰囲気になっている場所に向けられる。
その視線の先にはアインの姿があり、手に持つ木箱に射殺さんばかりの視線を向けていた。
アインが手に持っているのは、船上パーティで最後に配られた記念品であり、中には船上パーティを記念した特別デザインのティースプーンと限定の細工砂糖、そして船上パーティ記念の特別ブレンドの茶葉が入っている。
緊張感ある空気の中で、アインは静かに箱を開け……少しして口を開く。
「……素晴らしい。海をモチーフにした清涼感のあるスプーン、ニフティで販売されているものにはない特別な形の細工砂糖……そして、こ、これが……ネピュラ様の秘蔵の茶葉が使われているという記念ブレンド……な、なんということですか……わ、私をもってしても、茶葉を見ただけで完成形を完璧には思い描けない!? さ、流石というほかありませんね」
「アインは楽しそうだねぇ」
「というか、アインの姉御の迫力が凄すぎて怖いぐらいなんですが……」
「魔力とかはちゃんと抑えてるのは姉御らしいけど……あ、もう淹れてますね」
迫真の表情で独り言を口にするアインを見て、クロムエイナが微笑まし気な表情を浮かべ、近くにいたアハトとエヴァルがアインの凄まじい気配に若干気圧されながら呟く。
そんな視線の先で、アインはさっそく特別ブレンドを使って紅茶を淹れて味見をして……目を見開いた。
「す、素晴らしい!? 深く複雑な香り、他の茶葉とは明らかに違う斬新な味わいながら、圧倒的なほどの美味しさを感じる味わい……惜しむらくは、本当にごく少量しか使われていないこと……ため息が出るほど、素晴らしい味わいですね」
記念ブレンドはアインに感動をもたらす味わいだったようで、目を輝かせて紅茶の感想を語っていた。そんなアインを見て、クロムエイナは軽く顎に手を当てた。
(……いま、本当に極々僅かだけど、アインの魔力が上昇したような? あ~もしかして、だから流通させたりしないように制限してるのかな? だとしたら、アインがもっと欲しがったりしたらちゃんと止めないと……)
これまでもアインはネピュラの作った茶葉を欲しがっており、今回もそうなるのではないかと危惧していたクロムエイナだったが、アインは興奮気味に紅茶の感想を口にしてはいるものの、茶葉を欲しがったりという様子は無かった。
「……アインお姉ちゃん、その紅茶さんの茶葉さんも、カイトクンさんに頼んで貰うですか?」
「いえ、そういうわけにはいきません。確かにこの茶葉は欲しいです。喉から手が出るほどに……ですが、この茶葉はおそらく、今後もこういったカイト様主催のイベントなどの記念に用いると思います。そうなると希少性の維持は重要ですし、私が茶葉を求めることで場合によってはカイト様に迷惑をかけてしまうことに繋がるかもしれませんので、我慢するほかありません」
メイドや紅茶関連では暴走しがちな印象を受けるアインではあるが、それでも彼女の中には確たる優先順位というものが存在する。
ネピュラの秘蔵の茶葉は欲しい。確かに欲しいが、彼女にとってそれ以上に優先すべき存在が快人であり、今後の快人主催の行事等に影響を及ぼしかねないと考えて、今回は我慢するという選択をした様子だった。
「なるほどですよ。じゃあ、アインお姉ちゃん! ラズのお土産に入ってた茶葉をあげるです。ラズは自分ではうまく淹れれないですし……」
「あ、じゃあ俺らのも……」
「アタシたちも、紅茶とかは美味しく淹れれる自信ないですしね。機会があったら淹れたやつ飲ましてください」
「……あ、ありがとうございます」
ラズリアが自分が受け取ったお土産に入っていた特別ブレンドの茶葉をアインに譲ると口にしたことを皮切りに、他の家族たちも自分の土産に入っていた茶葉を次々アインに手渡し始めた。
クロムエイナの家族には快人と知り合いの者が多いため、結果としてアインの手元にはかなりの量の茶葉が集まることとなり、家族の気遣いにアインは感極まったような表情を浮かべ……それを見ていたクロムエイナも、どこか満足げな表情で軽く頷いていた。
シリアス先輩「ジュティアの方は心配してなかったが、こっちも暴走しないだと……」
???「まぁ、アインさんもその辺りはちゃんと弁えてますからね。メイド関連だと暴走しがちにはなりますが……」