デート計画②
なんとも言えない表情を浮かべていた香織だったが、彼女は切り替えは早い性格のため、ほんの少しの後に気を取り直して口を開いた。
「とりあえず、デート前やデート後の祈りに関しては、私には分らないので当日についてだけ話し合いましょう」
彼女も定食屋として多くの相手を接客してきた経験がある。その上で理解しているのは、この手の宗教的な話に迂闊に触れるのは危険ということだった。
特にこの世界トリニィアは神が実際に存在し、勇者祭などで遠目とはいえ目にする機会があることもあって、信仰心の強い者は多い。
友好都市ヒカリには神教の総本山ともいえる大聖堂もあるため、敬虔な信者も多くそういった人が来店することもあるが、迂闊に祈りなどに関する会話を拾うと……それはもう長い話になる。なので、否定せずに流しつつ別の話題に移行するのが、香織の経験から来る最善の対応だった。
「そうですね。ではまず初めは、大聖堂でミヤマカイト様と待ち合わせをした後で、アルクレシア帝国の交易都市に転移で移動して買い物をするのでしたね」
「ええ、オリビア様は友好都市内ではかなり有名ですし、私服に着替えていたとしても気付かれて変な騒ぎにって可能性もありますし、ここは別の都市に行くのがいいと思います。あとこの交易都市に関しては、雑誌のオススメデートスポットで紹介されてたので!」
なお、余談ではあるが……こうして相談に乗っている側の香織も恋愛経験はゼロであり、主な知識は雑誌や創作物に限られる。本人もそれは自覚しており、変に奇をてらわずに王道のデートプランを提案することにした。
「……しかし、こんなに大雑把な予定でいいのでしょうか? 具体的にどこでなにを買うとも、どの店に行くとも決めていませんが……」
「オリビア様、初デートでアレコレ細かく計画するのは失敗の原因です。いや、私も雑誌とかからの知識が中心なので、偉そうに言えるようなことではないんですけど……過密なスケジュールを作っても、その通りに行く可能性は低いみたいですし、ギチギチに予定を入れてると予想外の事態にまったく対応できなくなる……らしいです」
「ふむ……私自身は細かく定まってない予定には不安を覚えますが、ミズハラカオリの言葉にも一理ありますね。仮に不測の事態に対応できずにミヤマカイト様の前で醜態を晒すことになれば、火山の火口に身を投げても許されぬ不敬となるでしょう」
「……い、いや、そこまでじゃないとは……思うんですけど……ま、まぁ、ともかく、そもそも単純な恋愛経験値で言えば私たちなんて快人くんの足元にも及ばないわけですよ。言ってみれば私たちはデート素人で、快人くんはデート玄人……正直、大まかな予定だけ立てて快人くんにリードしてもらうほうが絶対にいいです」
事実としてデートの経験で言えば、比較するまでもなく快人の方が経験豊富であり、大雑把なウィンドウショッピングという予定だけでも、ある程度上手くリードしてくれるだろう。
「ミヤマカイト様に負担をかけるのは本意ではありませんが、かといって経験不足の私が舵を取ってミヤマカイト様に楽しんでいただけないのはこれ以上ないほどの不敬……デートとは、なんとも難しいものですね」
「まぁ、とりあえず基本的に快人くんの行きたいところを回る感じで話を振れば、いい感じにしてくれますよ……たぶん。で、そのあとは予約してあるお店でお昼を食べて、演劇の鑑賞ですね。本当は映画とかあればよかったんですが……」
「この演劇にかんしては、ミズハラカオリが恋愛物を強く勧めていましたが、題材が恋愛である必要があるのでしょうか?」
「あります! デートといえば恋愛映画……じゃなくて、恋愛系の演劇鑑賞ですよ。それをふたりで見ていい感じの雰囲気になって、見終わった後にカフェで感想とかを話し合うんです。いいなぁ……私も、そういうこと……したいなぁ……もう青春って歳じゃないけど……」
「ふむ、分かりました。ミヤマカイト様にも確認の必要がありますが、一考します。このカフェに関してですが……」
この時、香織は致命的な失敗をしていたのだが、本人は気付いていなかった。オリビアの返答に関しても、演劇の題目に関するものだと思い込んでいた。
だが、そもそもオリビアは真面目過ぎるほどに真面目である。そして、友好都市内に限った話ではあるが、彼女の能力は最高神に匹敵する。
そんなオリビアは、香織が自虐気味に小声で呟いた言葉もしっかり聞こえており、そのままの意味として受け取った。
すなわち「香織も快人とのデートに参加したいのだろう」と……。
シリアス先輩「さすが胃痛戦士、綺麗に墓穴を掘る……」