新店舗では㉗
なんというか、少し変な感じになってしまったが当初の目的の卓上時計を置く場所は決まったので、このまま執務室に戻って問題ない……はずなのだが、リリアさんが動かないというか、なにかを逡巡しているような感じがした。
声をかけて邪魔するのも悪いとそのまま少し待っていると、リリアさんはなにやら意を決したように口を開く。
「……カ、カイトさんに質問したいことがあるのですが……」
「なんですか?」
「えっと、異世界では恋人同士がベッドに並んで腰かけて話をするというのを……小耳に挟んだのですが、そういうのは実際にあるのでしょうか?」
「ええ、確かにそういうのはありますね。なんていうか、想像し辛いかもしれないですけど、この寝室の半分以下ぐらいしか大きさの無い部屋に住んでいる人とかも居て、椅子代わりにベッドに並んで座ったりとかそういうのはありますね」
いや、恋人同士なのでもうちょっとムーディな……そういうことをする前の段階でベッドに腰かけていい雰囲気にというのも該当するだろうが、流石に真昼間から言うようなことではないのでそっち方向にはあえて触れないことにした。
ワンルームマンションとかは、リリアさんに理解してもらうのは難しいかもしれないが、とりあえず狭い部屋という感じでイメージしてもらうことにした。
「なるほど……形式としてはソファーに並んで座るのと変わらない感じなのですね」
「そうですね。その認識で間違いないですが……えっと、リリアさんは、そういう……ベッドに並んで座るのをやってみたいとか、そんな感じですかね?」
「…………………………はい」
そういうことを聞いてくるということはやってみたいのだろうと予想して聞いてみると、リリアさんは悩むような表情を浮かべた後で気恥ずかし気に頷いた。
リリアさんは俺の恋人の中では、アリスと並んで恋愛関係が苦手なタイプだ。なにせ初めてキスをした時には、恥ずかしさの余りしばらく意識を手放してたぐらいだし、いまの肯定も結構勇気を振り絞ったのだろう。
「じゃあ、せっかくですしやってみましょうか……とはいっても本当に並んで座るだけですけどね」
「あ、はい! 不束者ですか、よろしくお願いします」
それは返事として適切じゃない気も……まぁ、緊張はこれでもかというほど伝わってくる。ともかく、アリスもそうではあるがこの手の恋愛に極端に奥手というか、極度に恥ずかしがるタイプはこちらが少し強引にリードするぐらいじゃないと駄目なのは経験から分かっている。
なので、俺が先にベッドに腰かけその横を軽く手で示す。
「リリアさん、ここにどうぞ。そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ。ソファーに座る感覚で大丈夫です」
「は、はい……失礼します」
おずおずといった感じでリリアさんが隣に座る。ソファーとベッドの違いを考えるなら、ソファーよりもベッドの方が一カ所に体重がかかったときにへこむ深さが大きく、気持ち密着気味になる感じだろうか?
隣に座ったリリアさんは、明らかに緊張していますといった感じで姿勢よく背筋を伸ばして、手は握りこぶしにして膝の上に置いていた。
「あ、ああ、あの、カイトさん……こ、ここから、どうすれば?」
……難易度の高い質問がきたな。ここからどうすればというか、リリアさんの要望した展開に関してはもう既に完成しているので、これ以上なにもないのだが……。
「質問を返すようで申し訳ないですが、リリアさん的にはどういうことがしたいですか? 漠然とでいいですよ、普通に雑談してもいいですし、のんびり過ごしても問題ないですし……」
「……こ、恋人らしいこと……とか?」
「……」
危ない、いま一瞬理性が飛びかけた。顔を赤くして上目遣いにそう言ってくるリリアさんの破壊力はすさまじく、本当にいかがわしい方向に思考が進みそうになったのだが……さすがに俺もそこそこ経験を積んでいるおかげか、リリアさんの発言にそういった意図が一切ないことはすぐに察することができた。
この場合においてリリアさんが望んでいるのは、肩を抱いて密着したりといったことであり、恐らく最大限に想定しているとしてもキスぐらいまでだろう。それ以上に関しては間違いなくキャパオーバーする……というかなんなら、不意打ち気味に抱きしめただけで気絶しそうなぐらい緊張しているのが伝わってきている。
本当にリリアさんにしてみれば「恋人らしいことをしたい」という提案自体で、渾身の勇気を振り絞ってるレベルなので、俺の対応は極めて紳士的でなければならない……少なくともいまはまだ、その時ではないのだ。
「……じゃあ、リリアさん。少し肩に手を置きますね」
「は、はひっ!」
「もうちょっとリラックスしてくれて大丈夫ですよ……」
「あっ……はぅ……」
結構ギリギリの様子のリリアさんを驚かせないように、事前にちゃんと宣言してから軽く肩に手を置き、リリアさんを抱き寄せる。
それでもビクッとかなり驚いていた様子だったが、抱き寄せて少しすると落ち着いてきたのか、リリアさんは嬉しそうに微笑みを浮かべて目を閉じて体の力を抜いて俺にもたれかかってきた。
シリアス先輩「アリスに次ぐ恋愛クソ雑魚勢……や、やるじゃないか……ほ、本格的に関係が進展しそうになったらどうなるか、恐ろし……え? なにこれ? フィナンシェ?」
マキナ「……うん、優しい甘さで美味しいね」
シリアス先輩「なんでお前、一切の躊躇なく私の腕食ってんの? いま、私ちゃんと意識あるんだけど……え? というか、私の腕、フィナンシェになってんの!?」