新店舗では㉕
執務室を出て、リリアさんの部屋に移動するわけだが……移動はすぐに終わる。
「リリアさんの部屋って、執務室から一部屋挟んだ隣ですよね?」
「ええ、この部屋が資料なんかを置いている部屋で、その隣が私の部屋ですね。実は私の部屋から資料室に通じる扉もあるのですが、その扉は特殊な制限魔法を用いていまして、私本人しか通過できないようになってるんですよ。カイトさんの場合はシャローヴァナル様の祝福があるので無効化できるとは思うのですが……その無効化が、魔法術式そのものを破壊したりする場合……直すのが手間なので外から移動してます」
言われてみれば納得できる話である。最初にアリスの着ぐるみに触れた時は術式が強制解除される形で無効化していた。ゼクスさんの結界魔法の時は俺と、俺が触れている人が外に出れる感じで結界自体は破壊されていなかった。
扉に施した制限魔法がどういう無効化のされ方になるか分からないので、外から移動するというのは極めて合理的だ。とうぜ距離的にも大した距離ではないし……。
というわけでリリアさんの部屋に移動して、リリアさんに招かれるままに中に入ると……室内はかなり広く、高価な家具なども置いていて貴族らしさはあった……あったが……。
「な、なんというか、失礼な言い方かもしれませんが……生活感ゼロですねこの部屋」
「事実としてこの部屋はまったく使ってないんですよ。向こうの扉の先の寝室はもう少し生活感があるとは思いますが、この部屋は……以前は、小型の模型の一部などは保管部屋ではなくこの部屋に置いていましたが、いまはエデン様から頂いた世界にすべて移してしまったので……正直、持ち主の私ですらこの部屋の存在意義に疑問を持っています」
「休憩する時とかに使ったりとかは?」
「その手の休憩や読書は、全部執務室でやってしまいますからね。応接室を使わない時の来客対応にも使うので、ソファーとか一通りありますし、やはり執務室が事実上私の部屋という気はしますね」
「なるほど……」
確かにこの部屋に生活感はまったくないというか、家具とかもとりあえず部屋作ったときに置いたものをそのまま置いてるという感じで、使用している感じはまったくない。
本人の言う通り、本来この部屋でやる類のことは全部執務室でやっているので、本当に執務室がイコールリリアさんの部屋という感じなのだろう。実際俺もリリアさんを探すときは、まず最初に執務室に向かうし……。
そしてそのまま実質なにもないと言っていい部屋を通って、いよいよメインである寝室に向かう。恋人とはいえ女性の寝室に入るのは変に緊張する。
いや、昼間だしいかがわしい目的ではないのでそこまで気にするようなものではないが、女性の寝室に入る機会はいままで少なかった。
単純に知り合いに睡眠を必要としない人が多いので、アイシスさんの家に宿泊した時などもそうだったが、普段利用しているというよりは、睡眠が必要な俺のために用意してくれたって感じの部屋だった印象だ。
或いはジークさんの実家みたいに部屋の中にベッドがあるワンルームみたいな感じだろうか……なのでリリアさんの寝室に入るというのはちょっと緊張する。
リリアさんの方はあんまり気にしていない感じというか、単純に変に意識してないだけか、あるいはリリアさんって照れ屋だけど時々凄く大胆なところもあるので、本人としては恋人である俺は寝室に招き入れても問題な相手って感じで気にしていないのかもしれない。
「ここが寝室ですね。この部屋は着替えや睡眠に使用しているので、生活感はあると思いますよ」
「おぉ、確かにこっち小物とかも結構ありますね」
リリアさんの言葉通り、寝室は普段から使用している感じがあって、リリアさん自身に使いやすいようにいろいろ小物や魔法具らしきものもあった。
寝室とは言ってもかなり広く、高めのホテルの一室みたいな感じで……これだけ広ければ、さっきの部屋を使わなくても確かに問題ないかもしれない。
そう思いながら視線を動かしていると、ふとベッド脇の小さなテーブルの上に見覚えのある品が置いてあるのが見えた。
「……あ、これって」
「はい。カイトさんに貰ったオルゴールですね。よく寝る前に軽く鳴らして聞いたりしています」
「そうなんですね。嬉しいですけど、ちょっと照れ臭くもありますね」
以前に贈ったオルゴールを愛用してくれているみたいで、なんだか変にくすぐったくも嬉しい気持ちになった。
シリアス先輩「……あれ? え? ちょっ……あの、なんか甘い感じに……なってないっすか? その……胃痛の流れ……では?」