新店舗では㉔
残った卓上時計はリリアさんにプレゼントすることにして、リリアさんの手が空いている時間に説明して木箱を手渡した。
「ありがとうございます。ネピュラさんの作品なら、きっとすばらし……」
「……リリアさん?」
笑顔で木箱を受け取って開けたリリアさんだったが、直後に笑顔のままで硬直した。笑顔は、間違いなく笑顔なのだが、その状態で時が止まったかのように停止しており、なんというか妙な威圧感があった。
「……カイトさん、この時計の針……宝石が使われてますね? これはどこから?」
「えっと、オルゴールとかアクセサリーとか作って余った宝石ですね。特にアクセサリー作ったときに、もっと必要になるかと思って買い足したんですが、思った以上に使わなかったので……」
「そうですか……お腹痛い」
「えっと、リリアさん? 俺またなにか粗相を?」
「う、う~ん、そもそも宝石をこんな細く美しく加工することが通常の方法ではほぼ不可能と言いたいところですが、前にアリス様のアクセサリー制作キットで特殊な加工を経験していたので、そこまで珍しくないものと考えても不思議では……う~~ん」
胃の痛みを抑えるような感じになったリリアさんを見て、これは怒られるかもしれないと思ったのだが……リリアさんは難しげな表情で悩んでいた。
なんというか、表現するのなら俺を怒るのかどうか迷っているような感じだった。
「素材類がどれも高価すぎてまったく自重してないとはいえ……元々はカイトさんが自分で使うために依頼したもので、贈呈することを考慮して作ったわけではないと考えると、頭ごなしに責めるのも……カイトさん」
「あ、はい!」
「怒ったりする気は無いんですが……とりあえず高価なもの、或いは素材が貴重なものを用いた品を渡してくる時には、事前にその旨を伝えてください。なんというか、心臓と胃に悪いので……」
「す、すみません。気を付けます」
そっか、俺にしてみれば本当に余っていた素材を再利用してもらった感覚だったが、リリアさんの言う通り使った宝石類は高価なものが多い。
そこにネピュラの素晴らしい加工技術が加わると、それはもう芸術品と言っていい品であるのは間違いないだろうし、その辺りはもう少し考えておくべきだった。
「……まぁ、でもこうしてプレゼントしてくれたことは本当に嬉しいですよ。大事に使わせていただきますね」
「はい。あっ、ちなみにそれ時間経過で装飾の色が変わるんですよ。朝昼夕夜って感じの雰囲気に変化していきます」
「色が時間によって変わる? それはまたかなり高度な術式……ちなみにこの黒い魔水晶は買ったんですか?」
「ああいえ、最初は買おうと思ってトーレさんたちに連絡したんですが、なんだかんだで貰う感じになりましたね」
正しくは、連絡した際にトーレさんが「え? 別に安い魔水晶買って持ってくれば、黒い魔水晶にしてあげるよ~」と言ってくれたので、その言葉通り安い魔水晶を黒い魔水晶に変化してもらった。
だが、トーレさんの比率を変化させる能力に関しては俺が第三者に話していいようなものでもないので、貰ったことにしておいた。
「なるほど、ちなみに複製制作したと言ってましたが、他にもあまりがあったりするんですか?」
「えっと、ネピュラが作ってくれたのは全部で三つで、ひとつは自分で使ってて、もうひとつはエリスさんにあげました」
「……エリス令嬢にあげた? ……そうですか、本当に、本当に……心からエリス令嬢に同情します。私はまだ、ある程度カイトさんのやらかしに慣れてますが、あちらは慣れてない分ダメージが大きいでしょうしね」
どこか呆れた口調でそう告げた後に、リリアさんはフッと優し気な微笑みを浮かべた。
「さすがにこれは執務室に飾るには高価すぎるので、私室に飾ろうと思いますが……せっかくですからカイトさん、飾る場所の相談に乗ってくれませんか?」
「はい、俺よければ……うん? あれ? ということは、リリアさんの私室に行くんですよね?」
「ええ、カイトさんの予定に空きがあるなら……」
「いや、それは大丈夫なんですが……もしかして、俺、リリアさんの私室に行くのは初めてかも?」
「……言われてみれば……基本的にこの執務室や食堂、テラスで会うか、私がカイトさんの部屋に行くかで、カイトさんが私の私室に来る機会はなかったですね。まぁ、そもそも私室はほとんど着替えや寝るときぐらいしか使わないので、この執務室の方が私室のような気もしますが……」
そう、自分でも少し意外だったがリリアさんの部屋に行ったことは無かった。オルゴールをプレゼントした時も食堂だったし、リリアさん自身が言うようにリリアさんは大体執務室の方に居るので、会うのもこっちだ。
……初めて見るリリアさんの私室……ちょっと楽しみである。
シリアス先輩「そういえば、屋敷内の他の人の部屋を訪ねるって話はほぼ無かったから、ジークの部屋や葵や陽菜の部屋も作中では登場してないのか……カナーリスの部屋は出てるけど……」