新店舗では㉒
少し店舗の様子を見に行くだけのつもりが思った以上に長く過ごすことになり、家に帰ったころにはそろそろ夜と言っていい時間だった。
すぐに夕食でも問題ない時間ではあるが、カフェでスイーツを食べたりしていたのでそんなにお腹は空いていないため、夕食はもう少し経ってから食べることにして……先にリリアさんの元を訪ねることにした。
いや、今回エリスさんと偶然知り合ったわけで、アルクレシア帝国の大貴族の娘という立場の人なわけだし、ちゃんと報告しておかないといけないと考えたからだ。
リリアさんの執務室を訪ねると、今日の仕事はもう終わっているようでルナさんとのんびり雑談でもしていたのか、リリアさんはどこかリラックスした感じだった。
「こんばんは、カイトさん。夕食のお誘いですか?」
「ああいえ、夕食はもう少し経ってから食べようかと思ってまして……そうじゃなくて、今日……というか、ついさっきなんですかニフティの店舗に行くときに、偶然貴族の令嬢と知り合って友達になったので報告しておこうかと……」
「貴族の令嬢? ……カイトさんなら知り合ってもおかしくはないですが、少し珍しいと感じてしまいますね」
「ミヤマ様がお嬢様と王族以外の貴族と知り合うこと自体が、いままであまりなかったですしね。知り合う機会になりえるパーティや茶会は敬遠気味でしたし」
実際エリスさんと話していた時も思ったが、貴族の知り合いは少ないのでリリアさんとルナさんの反応も頷ける。
「それで、どなたと知り合ったんですか?」
「ハミルトン侯爵家のエリスさんって女性です」
「……ハミルトン侯爵家というと、アルクレシア帝国の宰相で革新派のトップともいえる大貴族……それはまた、凄い相手と知り合ってきましたね」
「アルクレシア帝国の大貴族にシンフォニア王国内で偶然知り合っているという時点でも不思議ですが、ミヤマ様ならまぁ、ありえなくもないと思えるのが恐ろしいですね。しかし、それはそうと、お嬢様は比較的余裕がある様子ですね」
「……ひとつ前が、全能の神でしたからね。それと比べればまぁ、知ってる相手なだけマシです」
遠い目で呟くリリアさんは、なんというか数多の修羅場を潜り抜けてきたような雰囲気が……いや、実際潜り抜けているし、大半は俺のせいである。
そんなリリアさんにしてみれば、侯爵令嬢と知り合ってきたという内容であれば「まぁ、カイトさんならそういうこともあるだろう」ぐらいの達観具合で受け入れている様子だった。
「リリアさんは、エリスさんと知り合いだったりするんですか?」
「いえ、直接会ったことはありませんね。父親であるハミルトン侯爵とであれば、何度かお会いして話はしてますし、名前などは耳にしたことはありますが本人と会ったことは無いですね。むしろ、カイトさんがどうやって知り合ったのか気になるぐらいです」
「ああ、実はエリスさんって前にアルクレシア帝国で出店をした時に、一番最初のお客さんだったんですよ。その時は侯爵令嬢とは知らなかったんですが、顔は記憶に残ってて道端でバッタリ会って、そのまま会話が弾んだ感じですね」
「なるほど、それで友人になったというわけですね」
「ええ、そのあとに偶然カミリアさんたちと会ったりもしましたが……」
そのまま今日あったこと……エリスさんと知り合った後、七姫の五人と遭遇したことや、一緒にニフティの店舗に行って新サービスの先行権を贈ったりしたことを話す。
もちろん事細かに話していては時間がかかりすぎるので大まかに説明した感じではあったが、話し終えた後の室内の空気はなんとも言えないものになっていた。
「……あれですかね? ミヤマ様は、知り合った貴族の女性の胃を徹底的に痛めつけることに快感を覚える特殊な性癖をお持ちで?」
「人聞きが悪いにもほどがあるんですが……」
「ではここはひとつ、この世界で一番ミヤマ様による胃痛に悩まされているであろう貴族女性代表のお嬢様にご意見をいただきましょう……お嬢様、ご感想をどうぞ」
「……エリス令嬢に心より同情します。いや、カイトさんに悪気があったりするわけではないのも分かりますし、行動そのものが誤りというわけではないのですが……カイトさんの影響力を考えると、彼女がいま胃を痛めていることが容易に想像できますね」
なんとも言えない感じの反応である。う、う~ん……やっぱあの、茶会に参加してみたいって発言は失言だったかもしれない。あの時、明らかにエリスさんが動揺しまくってたし……。
そんな風に考えていると、ルナさんが苦笑しつつ口を開いた。
「まぁ、仮に面倒な事態になりそうな場合は、アリス様辺りがなんとかしてくれるでしょうし、ミヤマ様はあまり気にせずエリス侯爵令嬢と友好を深めて問題ないと思いますよ」
「……そういってもらえると凄く気が楽になるんですが、ルナさんがストレートに優しいとなんか裏を疑ってしまいますね」
「失敬な、不詳ルナマリア、親交深いミヤマ様には常に優しさと慈愛をもって接しております……ところで、せっかくなので私も母と一緒にニフティのカフェに行ってみたいのですが、高級店は財布事情的に厳しいですし、予約も取れないのでどうしたものかと……どこかに、手を差し伸べてくれる素敵な男性はいないものでしょうか?」
「……俺からカナーリスさんに話を通しておくので、希望の日時を教えてください」
「さすがミヤマ様! 私はいつでも貴方の味方ですので、お困りの際はいつでも相談にのりますよ」
なんというか、本当にルナさんらしいというか……場の空気を和ませて、俺の気を楽にしようという意図も含みつつ、ちゃっかり利は確保する辺りがさすがという感じで、思わず俺とリリアさんも苦笑を浮かべて、自然と室内の空気がどこか穏やかなものに変わっていった。
シリアス先輩「……うん。卓上時計にまったく触れてないあたり、本当に快人的には余ってるものを渡した感覚なんだろうな……絶賛胃に大ダメージ与えてるナパーム弾なのに……」