新店舗では⑲
アルクレシア帝国の首都にある大きな屋敷。四大貴族の一角である大貴族、ハミルトン侯爵家の屋敷に帰還したエリスは、早急に父と母に取り次ぐようにメイドに指示を出した。
幸い父も母も屋敷内におり、丁度夫婦でお茶を飲んでいるようだったのでその場にエリスも加わることにした。
「おかえり、エリス。ニフティでの買い物は楽しめたかい?」
「私も今夜のパーティさえなければ一緒に行きたかったんだけど……」
「そのことに関して、早急に耳に入れたいことがあります」
穏やかな表情でエリスを迎え入れたふたりは、思いのほか真剣な表情のエリスを見て顔を見合わせて首をかしげる。しかし、そこは流石大貴族というべきか、すぐに重要な話であることを察したのか表情を引き締めてエリスを見た。
「重要な話か……お前たちは退室しなさい。必要であれば呼ぶ」
部屋の中に控えていたメイドや執事に退室を指示し、部屋の中が親子三人だけになってからハミルトン侯爵は周囲に音を漏らさない魔法具を取り出して起動してから軽く頷く。
それを見て話を聞く準備が整ったと理解したエリスも軽く頷き、今日あったことを説明していく。すなわち、快人と偶然知り合い、七姫の五人と遭遇し、快人に友人判定を受けたという内容だ。
「……………………え?」
アルクレシア帝国内で皇帝に次ぐ権力と発言力を持ち、日々政治の舞台で辣腕を振るう宰相にして大貴族のハミルトン侯爵……情報に対してまるで思考が追い付かないのは初めての経験である。
さもありなん。紅茶ブランドの店舗に買い物に出かけたはずの娘が、わずか半日でなぜか世界の特異点と知り合い、さらにはその特異点に友人の認定を受け、その上で六王幹部五人と知り合ってきたと聞かされてもすぐに整理できるはずもなかった。
「ま、待て待て……なぜそうなる? い、いや、偶然ミヤマカイト様と遭遇するまではいい。ニフティはミヤマカイト様がオーナーである店舗。様子を見に足を運ぶこともあるだろうし、確率は低いとはいえ偶然遭遇する可能性もゼロではない……だが……なぜそれで、エリスがミヤマカイト様の友人に認定される?」
「お父様の疑問はもっともですが、あいにくと私は明確な答えを持ち合わせてはおりません……なぜなら、私もどうしてそうなったか分からないからです」
そもそも他国の店舗に短時間の買い物に行ったエリスが、その道中で偶然快人と鉢合わせている時点で、奇跡のような確率なのだが、その先に関してはサッパリ理解が追い付かなかった。
夫と同じく青ざめた表情で困惑していた侯爵夫人も、少し考え込むような表情を浮かべて口を開く。
「……それは、社交辞令というわけでは……ないのですか?」
「ええ、無礼を承知でカイト様にも確認しましたが、本当に私のことを友人と思ってくださっているとのことで、ニフティに関しても友人用の特別な注文用魔法具をいただきました」
「ミヤマカイト様が、貴女を愛人などに望んでいるという可能性は?」
「おそらく、それは無いかと思います。カイト様は、この世界に来る前は平民という立場だったのである意味必然かもしれませんが、腹芸などをする方ではありません。個人的な印象としても、感情の変化などはかなり読み取りやすく真っすぐでとても好感の持てるお方でした。私に対しても終始友人として接していたように感じられました。もちろんカイト様が、私では見破れないほど、心を隠して演技するのが上手いという可能性も無いとは言えませんが……」
エリスの印象としては、快人の感情の変化はかなり分かりやすかった。その上でエリスから見た己に対する快人の感情は、好意的な印象を持ってくれているのは間違いないが、恋愛や情欲によるものではなく純粋に新しい友人に対する好意という感じだった。
少なくとも現時点でそういった関係を望んでいるようには感じられなかったと告げるエリスの言葉を聞き、ハミルトン侯爵は軽く頷く。彼もまた政治の舞台に長く関わっていることもあって立ち直りは早く、すでに思考はかなりの速度で回っていた。
「……しかし、今後そういったことを望まれないとも言い切れない。幸いだったのは、エリスは次期当主、結婚相手は婿養子となることも考えて慎重に選定を進めていたから、現時点では婚約者などはいないという点か……ひとまず、婚約者の選定は白紙に戻すが、かまわないか?」
「はい。問題ありません」
「お前には言うまでもないことだと思うが、あくまでいずれもしかしたらそういった関係になるかもしれないという可能性だけの話だ。間違っても、そういったことを目的に行動してはならない」
「もちろんです。それはカイト様にも無礼ですし、あくまで今後も私は当家や貴族的な思惑は除外して、あくまでエリスという個人として友人関係を築いていくつもりです。もちろんその過程において、私がカイト様に恋心を抱くようなことがあれば、必ず報告します」
「うむ。さて、次の話に移るか……あまりにも状況が大きすぎて、ひとつひとつ擦り合わせていくしかない……長くなるな」
長い話し合いになりそうだと感じつつ、ハミルトン侯爵は胃の痛みを抑えるように腹を軽く撫でた。快人と交流を持つことにおける利は凄まじい。それこそ場合によってはハミルトン侯爵家は、かつてないほどの繁栄を獲得する可能性もある。
だが同時に対処を間違えば、ハミルトン侯爵家自体が歴史から消え去る可能性すらある相手であり、どう対処すべきかはハミルトン侯爵をもってしても、非常に悩ましいものだった。
シリアス先輩「信じて送り出した娘が、世界の特異点の友達になって帰ってきたと聞いた時の侯爵夫婦の心境たるや……なんてこった。本人にだけ大ダメージがある爆弾かと思ったら、周囲を胃痛の炎に包み込む胃痛ナパームだったとは……範囲攻撃まで身に着け始めたぞ、あの胃痛を与えてくる悪魔……」