新店舗では⑱
カフェで頼んだスイーツを食べつつのエリスさんとの会話は、かなり弾んで長いものとなった。というのもやはり社交界などで会話慣れしているのか、エリスさんは聞き上手で話し上手というか会話がとてもうまく、自然と楽しく会話が広がっていった。
ちなみにまだオープン間もない時期なので、通常のカフェ席には時間制限などがあるのだが、俺が使っている関係者席に関してはそういった制限はない。
「なんというか……俺の知り合いに社交界に憧れている人が居るんですが、実際にこうしていろいろ聞いてみると大変そうだなぁって感じもしますね」
「実際のところ、腹の探り合いという部分も多いですからね。もちろん煌びやかな面もありますが、貴族らしく様々な思惑が裏で動くのも必然と言えば必然ですね」
いまは、社交界について少し話を聞いていたのだが、なかなかどうして大変そうな感じである。特に流行に乗り遅れたりするとかなり不利な立場になったりと、どこか情報戦的な部分もあるらしい。グリンさんは社交界に憧れていたが、大変そうではある。
まぁ、貴族として参加するんじゃなくパーティを楽しむだけという感じであれば、そこまで気にする必要はないのかもしれないが……。
「やっぱり、そういう社交界での立場とかも重要になってくるんですよね?」
「そうですね。社交界で強い発言力を持つということは、大きな権力を持つのと同じともいえるかもしれませんね。とはいえ、やはりある程度下地になる部分で優劣も決まるので、高位貴族の方が有利ですし、事実上は爵位通りの順列になりやすいですね。私のお母様……ハミルトン侯爵夫人も、社交界ではトップクラスです……まぁ、アルクレシア帝国の社交界には絶対的な頂点が居るので、トップには立てませんが……」
「……絶対的な頂点ですか?」
「ええ、クリス皇帝陛下の母君にあたるリスティア元側妃ですね。社交界にはあまり興味はない様子で、滅多に表れることは無いのですが、たまに夜会などにフラッと現れた際には会場中を瞬く間に虜にしてしまいます。所作のひとつひとつがあまりにも美しく妖艶で、母はリスティア元側妃を一目見て、絶対に勝てないと感じるほどの敗北感を覚えたそうです」
「……あぁ、なるほど……確かに、リスティさんは凄いですね」
言われて納得した。リスティさんは最強の淫魔であり、魅了の力を抜きにしてもコミュ力に関しては桁違いだ。俺と会った際も、一瞬でこちらの性質を見抜き適した態度で接してきたので、人を見る目もずば抜けている。
クリスさんもその手の分野ではリスティさんには敵わないと口にしていたし、社交界では本当に最強と言っていいレベルなのかもしれない。
まぁ、リスティアさんはマジで政治にはまったく興味が無いっぽいし、その時々フラッとパーティとかに参加してるのも、食事のターゲットを物色しに来てるだけだと思う。
そこまで話したタイミングでふと時計を確認すると、もう入店してからかなりの時間が経過していた。
「……すみません、思った以上に長々と話し込んじゃいましたね」
「ああ、いえ、私の方もとても楽しくお話をさせていただいたので……ですが、確かにそろそろ席を立つのにいい頃合いかもしれませんね」
エリスさんが本当に話しやすい人だったので、かなり長いこと拘束する形になってしまった。仮になにか予定があったとしても、俺の方を優先してくれそうなだけに申し訳なさもある。
う~ん、なにかお詫び……あっ、そうだ、アレがあった。
「……エリスさん、長く話に付き合っていろいろ教えてくれたお礼に、よかったらこれを貰ってもらえませんか?」
「これは……しっかりと包装されているようですが、なんでしょうか?」
「木造りの卓上時計ですね。ニフティのカップとかの原案というか、アルクレシア帝国の建国記念祭で俺が売っていた分を作った子が、物作りが趣味でいろいろ作ってるんです。それで、前に俺が頼んで卓上時計を作ってもらったんですが、凝り性なところがあって何種類か作ってきてくれて、俺が使うのはひとつでいいので他は誰かにあげようと思って包装して持ち歩いてたんですよ」
「……わ、私がいただいてもよろしいのでしょうか?」
きっかけはネピュラとイルネスさんが大きめの木時計を作ってた時に、木造りの時計の雰囲気が気に入って、俺の部屋に置く用の時計を作ってもらえるようにお願いして、いろいろな材料を渡したことだった。
渡した材料が多かったのもあって、何種類かの卓上時計を作ってきてくれて、その中で一番気に入ったのを机の上に置いて使用していたのだが、必然的にいくつか余りがでる。
せっかくネピュラが作ってくれたものを捨てるなんてありえないし、かといって恋人に配ったりするには数が足りないので、どうしようかと思っていたのだが……ネピュラがプレゼント用の包装をしておいて、急遽贈り物やお礼をすることになった際などに使うといいとアドバイスしてくれたので、綺麗に包装して持ち歩いていた。
「ええ、そんなに凄いものではないんですが、かなりデザインも綺麗で雰囲気もいいんで、もしよければ使ってください」
「ありがとうございます。カイト様には本当にいろいろ頂いてばかりで……是非、また改めてお礼をさせてください」
そういって微笑むエリスさんに俺も笑顔を返し、なんだかんだで楽しい雰囲気のままと偶然の出会いからの小さなお茶会は終了した。
シリアス先輩「ネピュラ作の木の卓上時計……それ、材料世界樹だよね? な、なんて、恐ろしい主人公なんだ。最初っから最後まで徹底して胃痛で攻めた上に、家に帰ってから確認して追撃の胃痛が襲い掛かってくる時限爆弾まで持たせるとか……慈悲の欠片もない」