新店舗では⑯
カイトに渡された家紋入れサービスの先行権にひとしきり驚愕した後で、エリスは必死に心を落ち着かせつつ感心した表情で呟く。
「……ですが、なるほど家紋を入れるサービス……かなり貴族向きかつ有効なサービスと言えますね」
「それもこの店の責任者の方が考えてくれたんですが、貴族のエリスさんから見てもよさそうな感じですか?」
「ええ、貴族というのは見栄を気にします。このサービスはいわば特注の陶磁器を作成すると置き換えてもいいわけですし、ニフティの陶磁器は極めて評価が高いので……おそらく相当高価な設定にして、口数もかなり絞っての販売になると思いますね。購入した者にとって財力や運の証明にもなりますし……」
「ああ、なるほど、家紋入りの大皿とかを飾って、これだけの特注品を買えるだけの財力があるんだって感じにアピールするんですね」
「はい。良くも悪くも、そういった所持していることが自慢になるような品はかなり人気が出ますね」
エリスの話を聞きながら、快人は頭の中でよく知る貴族であるリリアのことを思い浮かべていた。そういえば、リリアの屋敷でも応接室などにはかなり高価なインテリアなども置いていたなぁと、そんな風に考えていた。
(そういう意味合いでも、この先行権の価値は計り知れません。むしろあまりに大きすぎて、使い方を間違えば大きな混乱を招いてしまう可能性もあるので、お父様とよく相談して使わなければなりませんね。問題は現時点では私だけ、広く考えてもハミルトン侯爵家だけが現状でそのサービスがのちに始まることを知っている状態……ここが問題ですね)
ようやくある程度落ち着いて回り始めた思考で考え、この場で快人に確認すべきことを口にする。
「……カイト様、このサービスなのですが後に始まるのは確定として、公表するのはどのぐらいの時期でしょうか? 私が勝手に吹聴したりするわけにも行きませんので……」
「ああ、いちおう各国の王にはすでに伝えてるらしいですよ。店舗のオープンと違ってこっちのサービス開始の時期は必ずしも足並みをそろえる必要はないので、開始時期はそれぞれの王と相談して決めるみたいですが、情報自体は公表してないまでも知ってる人は知ってる感じらしいです」
「なるほど、それでしたら当家も独自の情報筋から聞いたということにすれば問題はありませんね」
「別に俺から聞いたって言ってもらってもいいんですが……」
「カイト様、あの、ご自身の影響力をですね……それをすると、ハミルトン侯爵家……いえ、絞って考えても私個人がカイト様と付き合いがあるように……えと……無礼を承知で尋ねるのをお許しください……も、もしかして、七姫の方々に紹介した際の一種の社交辞令ではなく……その、本当に私を友人として扱ってくださるのでしょうか?」
正直エリスとしては、七姫に紹介した際の友人という発言は場の流れに合わせたもので、事実上は知り合い程度の相手ではあるが友人という扱いで紹介してくれたと認識していた。
だがもちろん、快人の方にそんな細かな考えがあったわけではない。
「えっと、俺としてはもうエリスさんとは友達のつもりでしたが……嫌でしたか?」
「い、いえ、むしろ光栄なのですが!? 私個人の認識としては、カイト様は貴族との関わりを避けているように感じていたので……その……」
「あ、ああ、なるほど……確かにそう誤解されてもおかしくないですね。いや、えっと、なんて説明したらいいか……俺はこの世界に来る前の異世界ではいわゆる平民でして、その貴族のパーティよか格式張ったものとかにあんまり参加したくないなぁってのと、単純に届く手紙とかが多すぎてその手のは全部断ってたってだけで、貴族を嫌ってるとか避けてるとかではないですよ」
「そういうことだったんですね。確かに、カイト様と関わりを持ちたいという貴族は多いでしょうし、ひとつひとつ対応していては大きな手間になってしまいますね」
快人の言葉を聞いてエリスは心底納得したような表情で頷いた。というよりは、この世界での影響力が強すぎて召喚された異世界人が、基本的に平民であるということを失念していたことに気付いた。
(これは、私の方の認識が誤りでしたね。そもそもカイト様はアルベルト公爵閣下と恋仲であるという話ですし、貴族自体を忌避しているわけでは無いということに気付ける要因はありました。変に先入観を持って、カイト様の価値観などがどちらかと言えば平民の感覚に近いということに気付けなかったのは、反省しなければいけませんね)
エリスは基本的に善良であり、快人に対して必要以上にフィルターをかけていたことを認識して、素直にそれを反省していた。
まぁ、もちろん、だからといって、これから起こる胃痛を避けれるかと言えば別の問題ではあるが……。
「というわけで、エリスさんさえよければこれからも友人として接してもらえると嬉しいです」
「はい、喜んで……誤解をしてしまって申し訳ありません」
「気にしないでください。あっ、そうだ……せっかくなのでこれも渡しておきますね」
「これは……魔法具、でしょうか? 見たことが無い形状ですが……」
「それは俺の友人に渡してるもので、ニフティの商品を直接買い付けられる注文用の魔法具ですね。店舗の在庫とか購入制限と関係なく購入できる感じですね」
「……ひぇ」
実際それは快人の友人でニフティに興味を持った相手には全員に渡しているものではあるのだが、ポンッととんでもない伝手を渡されたエリスの表情から血の気が引いたのは言うまでもない。
シリアス先輩「すげぇな、この令嬢……登場してからほぼ毎話胃をぶん殴られてる」
???「精神的にタフというか、頑張って持ち直しちゃうから追撃があるんじゃないっすかね?」
シリアス先輩「無慈悲すぎる」