新店舗では⑭
ニフティの店舗で商品を見ながらエリスは、混乱していた心を落ち着けていた。培った淑女教育によりここまでなんとか醜態を晒すことなく持ちこたえたが、それでも精神的な疲労は大きかったので、快人がカナーリスと話に行っている間に精神の回復を図っていた。
なおこのタイミングで顔見知りの伯爵令嬢や、挨拶をした覚えのある商人などが声をかけてくることは無い。いや、声をかけて事情を聴きたいのは間違いないが、快人がどのタイミングで戻ってくるかわからない状況……すなわち快人の邪魔をしてしまうかもしれない状況で声をかけるわけにはいかないため、後々エリスには手紙で事情をうかがうつもりだった。
(……ものすごく疲れた気分ですが、今後のことを考えるとこの程度の疲労では釣り合わないほど大きすぎる利がありますので文句も言えませんね。多少の社交辞令が含まれているとは思いますが、それでもカイト様に友人と発言していただけたのはあまりにも大きい。ただ、この場合における横のつながりは私個人とカイト様のものであり、ハミルトン侯爵家は除外して考えるべきでしょうね)
胃が痛い思いではあったが、それでも得られた利益があまりにも大きかった。ハミルトン侯爵家は関係なく、あくまでエリス個人の付き合いとはいえ、他の貴族から見ればハミルトン侯爵家が快人と付き合いがあるように見えるだろう。
エリス自身も知り合いの伯爵令嬢と遭遇したこともあり、幸か不幸かはさておき今後社交界においても一目置かれることは間違いない。もちろん快人を政略に利用することはできないし、そもそもする気は無いが……それでも貴族社会において一目置かれるというのは、今後も考えれば大きな武器になる。
七姫に関しても今回自己紹介を行った五人に関しては、薄くとも明確に繋がりができたため、実際に参加してもらえるかどうかはともかくとして、侯爵家主催の茶会などの招待を送ることは可能になった。
そんなことを考えながら買い物をしていると、店の奥から快人が戻ってきた。
「すみません、エリスさん。お待たせしました」
「いえ、どうぞお気になさらずに……私もゆっくりと買い物を楽しませていただきました。いくつか購入する商品も決めましたし、そろそろ注文を行おうかと考えていたところです。滞在時間の期限も近づいていますからね」
「あ~そういえば、買い物やカフェを利用できる時間は制限があるんでしたね」
「ええ、ですが十分余裕をもって買い物などができるだけの時間はありますよ」
「なるほど……でも、タイミング的には丁度いいかもしれませんね」
「うん? なにがでしょうか?」
店内で買い物を行える時間は限られており、実際に彼女の知人である伯爵令嬢などは少し前に退店していた。エリスに関してもまだある程度余裕はあるが、そろそろ侯爵家に配送してもらう商品などの発注は行うべきタイミングだった。
「ああいえ、エリスさんが時間的に余裕があるならですが、カフェの方に席を用意できるのでよければ一緒に行きませんか? さっきは七姫の人たちとの遭遇で驚かせちゃいましたし、お詫びもかねて……どうでしょうか?」
「よ、よろしいのでしょうか? もちろん光栄ですか……ご迷惑になったりなどは?」
「大丈夫ですよ。責任者の人にも許可は取ってるので……あっ、一緒に来てるメイドの人にも席はありますよ。主人であるエリスさんと同席するのは立場的に難しいかと、別の席を用意してもらいましたが……」
「そこまでのご配慮を頂くとは、なんとお礼を言っていいか……カイト様のご厚意に心よりの感謝を……」
快人の提案に穏やかに微笑みながら一礼したエリスだが、もちろん心の仲はそこそこのパニック状態だった。
(……な、なぜ、こんな展開に? え? あれ? も、もしかして私は、私が気付かなう内にカイト様の愛人かなにかになっていたのでしょうか……いや、落ち着きなさい。思考が飛躍しすぎています……ですが、少し……あ、いや、多少……カイト様に気に入られたと考えても……いえ、変に自惚れるべきではありませんが、好意的な認識はいただけている可能性はあると思ってもいいのでしょうか?)
混乱しているエリスだが、その考えはあながち間違いとも言えなかった。ここまでのやり取りでエリスは快人から「貴族令嬢らしさがありつつも話しやすい相手」と認識されており、かなり好感触と言っていい。
その要因として大きいのは、エリスが一貫して快人との関係を悪用する意思が無いことだった。快人には感応魔法があるので、仮に実行に移す気が無くてもそういった邪な考えを抱けば、少し嫌な雰囲気といった感じの感情として伝わる。
だがエリスにはそういった考えは一切なく、むしろ自分のせいで快人に変な噂が立ったりしないかと心配をしていたり、心優しい内面を持っており快人にとっては接しやすい雰囲気の相手という認識だった。
もちろんエリスがその理由を知る由もなく、いったい己のどこが気に入られたのだろうかと心の中で自問自答をしていた。
シリアス先輩「実際、胃痛戦士って基本的に皆いい人……だからこそ、胃痛を与える側じゃなくて喰らう側なのかもしれないが……」