新店舗では⑫
少し前とは打って変わって七姫から友好的に接されるという事態に心の中で悲鳴を上げつつも、それでもエリスはなんとか当り障りなく会話を進行させた。
精神と胃は大ダメージを負っているが、それでも表面上は穏やかかつにこやかにできているのは、貴族令嬢としての彼女の有能さの賜物だろう。
(……それにしても、カイト様の影響力には感服するばかりですね。七姫の方々にここまで友好的に話していただけるとは夢にも思いませんでした。今回はハミルトン侯爵家の名前は出していない以上、あくまで侯爵家ではなく私個人としてのお付き合いと認識すべきではありますが、それでも今後を思えば大きすぎる恩恵ですね)
時折快人が会話のフォローに入ってくれることもあって、ある程度話は続けやすく、少しずつエリスも冷静さを取り戻してきた。
もちろんそれでも普段と比べれば大混乱状態ではあるが、表面上を取り繕う程度は問題なく思萎えるレベルにまで持ち直した。
そのタイミングでロズミエルがカミリアに顔を近づけ小声でなにかを伝え、カミリアは軽く頷いてから口を開く。
「ティルさん、エリアルさん、ジュティアさん、そろそろ予約の時間になりますし、カイトさんたちの邪魔をしても行けないので店に向かいましょうか」
「おっと、そうだね、そうだね。長く引き止めても悪いよね」
「ですね~。それじゃあ、カイトクンさん、エリスさん、ティルたちはニフティのカフェに行くです。またお話しましょ~」
カフェの予約時間が迫っていたこともあって、ここで会話は切り上げる形となり、難局と言える場面を乗り切ったエリスは軽く安堵の息を吐いた。
「ええ、ティルさんたちも楽しんでいってください」
「はいですよ~カイトクンさんはエリスさんと一緒にお買い物ですね。そちらも楽しんでください!」
明るい声で告げて小さな手を振りながら店に向かっていくティルタニアたちに、深く礼をしつつ見送った後でエリスは首を傾げた。
(……あれ? 気のせいでしょうか? いま、なにかおかしな流れになっていたような?)
そんな疑問が頭に浮かんだが、その答えが出るより先に快人が少し申し訳なさそうな表情で声をかけてきた。
「すみません、エリスさん。なんか、騒がしい感じになってしまって」
「い、いえ、むしろ私としては七姫の方々と知り合えたのは素晴らしい栄誉ですし、喜ばしく思っておりますので、どうかお気になさらずに……」
「そうですか、そう言ってもらえると少し安心します。じゃあ、俺たちも店舗に行きましょうか」
「そうですね。ここで立ち止まったままというわけにもいきませんし……」
ごくごく自然な流れで告げられた快人の言葉に、エリスは反射的に微笑みながら返事をしたが……直後に頭の中を大量のクエッションマークが埋め尽くした。
(あるぇ? え? いま、おかしくなかったですか? なんか、こう、まるで私とカイト様が一緒に買い物するような感じになっていませんでしたか? カイト様? え? 違いますよね? 店の前で別れる形……え? あれ? 一緒に中に入るんですか? こ、これ、私とカイト様が恋仲のように誤解されませんか?)
いつの間にか快人と一緒に店内に入る形となり、エリスの頭の中は混乱の極みに達していた。しかし、彼女の認識としては快人の方が遥かに上の立場であり、快人の行動に異を唱えるようは発言をするわけにもいかない。
店舗に入ったタイミングで予約の確認をされ、エリスは混乱しつつも自分と後方に控えるメイドが入店者であることを伝える。もちろん快人は顔パスなので、予約入店の人数制限には影響されない。
店内は入場できる人数を絞っていることもあって混雑はしていなかったが、それでもそれなりの人数がおり、購入スペースにはエリスにとって見覚えのある貴族の姿も複数確認できた。
その中にたまたま、ハミルトン侯爵家と同じ革新派に属していて、エリスとも顔馴染みの伯爵令嬢が居て……快人と一緒に入店してきたエリスを見て、ポカンとした表情を浮かべて二度見していた。
(……さすがにこの場で声をかけられることは無いでしょうが、あとで事情を尋ねる手紙が届くのは確定ですね。ですが、説明できることなどありませんよ……だって、私自身もなんでこうなってるのか分かってませんから!?)
そんなエリスの魂の叫びが誰かに聞こえることは無く、危惧していた通りというかなんというか……そのまま自然と快人と一緒に店内を見て回る流れになり、エリスは断続的に襲い掛かってくる胃の痛みに引きつった笑みを浮かべていた。
シリアス先輩「この場合の快人の思考を考えてみると、七姫と相対してる時のエリスの困惑とか緊張は感応魔法で伝わってたはずだから……そのお詫びになにかプレゼントでもできたらとか、考えてるかも? もしそうだとすれば……胃痛は続きそうだな」
???「ある程度話して、冷静さを取り繕えるぐらいに精神が回復しちゃったのもまずかったですね。感情をコントロールできるようになって、混乱がカイトさんに伝わりにくくなってるので……」




