新店舗では⑪
エリスの理想としては、離れた場所に控える護衛のメイドのように快人と七姫たちの会話が終わるのを静かに待つことだった。というか、そうなるだろうと予想していた。
エリスと七姫に直接的な繋がりは無く、侯爵令嬢でしかないエリスに自分から七姫に声をかけたりといったことはできないので、この場においてエリスが会話に加わる可能性があるとすれば七姫側が話を振ってくるか、快人に紹介されるかの2パターンしかない。
前者はまずありえない。六王幹部とはそう簡単に関わりを持てる相手ではなく、七姫側も父親であるハミルトン侯爵ならいざ知らず、ただの侯爵令嬢であるエリスと自己紹介をという流れにはなりえないはず……。
故にこの場においてエリスが己が七姫と会話をする可能性があるなら、快人の紹介によるもの……だがそれもあり得ない。なにせ快人とエリスはつい先ほど自己紹介をしたばかりの浅い関係であり、六王幹部に紹介してもらえるような親しい間柄ではない……はず……だった。
(な、なぜこんなことに? これ、他の貴族が見たら私がカイト様に気に入られて懇意にしているように誤解を受けかねないのでは? もしそれでカイト様にご迷惑をおかけするようなことになれば、ハミルトン侯爵家の明日は……)
気持ちとしてはいますぐにこの場から逃げ出したかったが、紹介されてしまった以上自己紹介をしないのは不自然であり不敬だ。
エリスは崩れそうになる微笑みを必死に繋ぎ止めつつ、美しい動作でカーテシーを行う。
「魔界の麗しき姫君にご挨拶申し上げます。カイト様よりご紹介いただきましたエリス・ディア・ハミルトンと申します」
ハミルトン侯爵家の令嬢であるとは告げない。それを告げるとハミルトン侯爵家としても七姫に交流を求めていると取られかねない。あくまで快人に紹介されたエリス個人の挨拶という形で、可能な限り簡潔な自己紹介に留めた。
「初めまして、私はリリウッド様に仕える眷属のひとり……カミリアと申します。全員自己紹介をすると時間がかかってしまうので、私が代表して紹介させてもらいますね。こちらからティルタニア、エリアル、ロズミエル、ジュティアです」
エリスの挨拶をうけ七姫は軽くアイコンタクトを交わした後で、カミリアが一歩前に出てエリスに自己紹介を返す。
彼女が代表して答えた理由として、ひとりひとり挨拶をするとなるとロズミエルが初対面のエリスに対して自己紹介などできるわけがないので、それで気まずい空気になってしまうのを避けるだめだ。
あとは、エリスの名前から彼女が貴族であることを察し、どういう立場として接するべきかを見定めるという意味合いもあった。
「カイトクンさん、カイトクンさん、エリスさんはカイトクンさんのお友達ですか~?」
そしてさりげない様子でティルタニアが快人に尋ねるのを見て、エリスは心の中でホッと胸を撫で下ろした。カミリアを含めた七姫は貴族相手の対応も慣れており、エリスに対してもしっかりと偶然会った貴族令嬢に対する対応として一定の距離を保ってくれている。
(これで、カイト様が否定してくだされば偶然会って一声交わしただけという形で話は終わります。なんとか乗り切れました……ハミルトン侯爵家としても今後少しだけですが、七姫の方々の印象に残る可能性がありますし、十分すぎるほどの利ですね)
無事に乗り切ったと安心しているエリス……もしこの場にリリアが居たのなら、きっと心の底から哀れむ目でエリスを見ていただろう。
「あ、そうですね。まだ知り合ったばかりですけど、俺は友人だと思ってます」
「!?!??!?」
その言葉を聞いた瞬間、エリスは淑女の仮面を脱ぎ捨てて叫びそうになってしまった。
(か、かか、カイト様ぁぁぁぁ!? な、なにを仰ってるんですか!? お、お願いですからご自分の影響力を自覚してください!! 貴方がそう言ってしまうと、話が大きく変わってきてしまうのですよぉぉぉぉ!?)
そう、いまの快人の発言で話は変わった。先程までカミリアが代表して話していたり、自己紹介も最低限なもので終わっていたのは、あくまで七姫たちがエリスを『偶然会った初対面の侯爵令嬢』として対応していたからだ。
だが、いまの快人の発言によりエリスの立場は『快人の友人』に変わった。変わってしまった……そうなると、七姫側の対応も変わってくる。
「そうなんですね! カイトクンさんのお友達なら、ティルも仲良くしたいです! エリスさん、よろしくです!」
「あ、はは、はい! 光栄です、ティルタニア様」
「あ、ティルのことは、ティルって呼んでください」
「は、はひぃ……ティル様……」
快人の言葉を聞いた瞬間、ティルタニアは明るい笑顔を浮かべてエリスに話しかけてきた。社交的なティルタニアとしては元々エリスとは仲良く話したいと思っていたのだが、七姫としての立場も考えて遠慮していた。
だが、快人の友人であるなら話は変わる。気兼ねなく仲良くできると、ニコニコ楽し気にエリスに話しかけていた。
「私も挨拶……つまりは、カミリアが紹介したけど改めて、私はエリアル、よろしく」
「おやおや、おやおや、ティルとエリアルが改めて自己紹介するならボクもかな? ボクはジュティア、よろしくね、よろしくね」
「……」
ティルタニアを皮切りにエリアルとジュティアも改めて自己紹介を行う。これはつまり、エリスを貴族令嬢から快人の友人と認識を改めた証明でもあった。
まぁ、例によってロズミエルはガチガチに固まった表情と鋭い目で見ているだけだったが……とりあえず、エリスが心の中で悲鳴を上げたのは言うまでもないことである。
シリアス先輩「これは、香織に勝るとも劣らない胃痛戦士の逸材……それはそうと、ロズミエルだけは最初にエリスが恐縮してるのにも気づいていたし分かってそう」
???「ロズミエルさんはかなり鋭いですから、エリスさんの心境を正確に把握して心配してるでしょうね。まぁ、結果として睨みつけてるだけですが……」
シリアス先輩「人見知りMAXなのがこれでもかって程災いしてる!?」