新店舗では⑩
六王配下幹部とは、広大な魔界においてトップクラスと言っていい地位にいる者たちであり、いかに貴族と言えどもやすやすと交流を持てる相手ではない。
むしろ、六王幹部のいずれかと交流があるということ自体が一種のステータスにもなりえる。エリスの父であるハミルトン侯爵も竜王配下幹部四大魔竜の一角であるファフニルとは多少縁があり、年に1~2回程度ではあるが、侯爵家主催のパーティなどにも参加してくれており、他の貴族から一目置かれている。
エリス自身も数度ファフニルと簡単な挨拶程度はしたことがあるが、本当に六王幹部との接点はその程度である。そんな彼女の前に現れたのは、七姫のうちの五人……そんな事態に唐突に遭遇したことで、エリスの心臓は一瞬止まりかけたが、気合と根性で飛びそうな意識を繋ぎ止めた。
(……だ、だだ、大丈夫……わ、私は強い侯爵令嬢……淑女たるもの不測の事態でも取り乱してはいけません。い、いまこそお父様に教わった方法で……)
鉄壁の微笑みもさすがに引きつってはいたが、それでもなんとか持ちこたえようとエリスはかつて父から教わった言葉を思い出していた。
――いいか、エリス。我々は全知の神ではない……不測の事態というのはどうしても起こりうるものだ。むしろ不測の事態への対応こそ、貴族として力が試されると心得なさい。いいか、決してしてはいけないのは『混乱したままで行動を起こす』こと……焦りからの行動はよい結果には繋がらない。まずは、己の心を落ち着かせることを最優先に考えるのだ。
――はい、お父様。しかし、具体的にどのような……。
――あくまでワシの方法ではあるが、心の中で冷静沈着な己を強く思い浮かべる。その心の中のもうひとりの自分は、不測の事態でにおいても不動の冷静さで佇んでいると、そんなイメージを強く思い描き……そして、心の中の冷静な己に問いかけるんだ。どうすればいいか? とな……。
そんな父親とのやり取りを思い出したエリスは、さっそくそれを実行する。強く心に思い描くのは冷静で凛とした完璧な淑女の自分自身。強いイメージを心のうちに作りだし、その冷静で完璧な己に問いかける。これからどうすればいいのかと……するとどうだろう、心の中に強く思い描いた理想のエリスは……『半泣きで首を横に振った』。
――無理、対処不能。
そんな返事が聞こえた気がして、エリスは遠い目をして空を少しだけ見上げた。
(無理ですかぁ……そうですわよね。六王幹部と五人同時に遭遇するなんて事態、考えたこともないですしね……終わりました。もうあとは、流れに身を任せるしかありません。お父様、お母様……な、なんとか、ハミルトン侯爵家に悪印象を持たれないように頑張ります)
どうにもならないことを悟ったエリスは、ひとまず流れに身を任せることにした。淑女の仮面はもう既にボロボロではあるが、それでも何とか微笑みだけは維持しつつ快人たちの会話を見守る。
「奇遇ですね。皆さんは、どうしてここに?」
「ティルたちは、皆でニフティのカフェに行くところだったんですよ~」
「ロズミエルのおかげ……つまりは、ロズミエルが優先予約権を持っていて、私たちもその恩恵を受けている形。即行動……つまりは、たまたま五人の予定があったから昨日の今日で来たけど、すぐに予約が取れて驚いた」
そう、七姫の五人は前日に仕事の都合があって五人集まってお茶をしていた際に、ロズミエルが優先予約権を持っていることを知り、ロズミエルの提案もあって希望者でニフティに行くことになった。
そしてたまたま、五人とも翌日も予定が開いていたので、それならばと五人そろってニフティのカフェに行くことにしてこうして足を運んだところでバッタリと快人と遭遇したわけだ。
(……さ、さすがカイト様、七姫の方々とあんなにも親し気に……と、とと、ところで……き、気のせいでしょうか? なにやら、ロズミエル様がこちらを睨んでいるような……き、気のせいじゃなさそうです。確実に、こっちを見てます……わ、私、なにか粗相を……)
鋭い眼光……もとい、見知らぬ人が居たことで表情を固めたロズミエルは、そのまま快人の耳元に口を寄せ、エリスには聞こえない小声で話しかけた。
「……あ、あの、カイトくん? そちらの子は? な、なんか緊張してるみたいに見えるけど……」
「ああ、この人は少し前に知り合ったエリスさんと言いまして……」
「ッ!?!?!?」
ロズミエルの声はエリスには聞こえてはいない。だからこそ、彼女は快人の言葉に明らかに驚愕して背筋を伸ばす。
(え? えぇ、あ、あのあの、カイト様!? もしかして、私を紹介する流れになってませんか!! 私、貴族家の当主でもなくただの侯爵令嬢で……あの、とても六王幹部の方々と気軽に言葉を交わせるような立場では……あわわわ、で、でも、この状況で挨拶もしない方が不敬で……)
明らかに快人が五人にエリスを紹介する流れになっており、七姫の五人に対してこれから自己紹介をしなければいけないことを考えて表情を青ざめさせた。無意識に胃に手を当てているのは……一種の防衛本能なのかもしれない。
シリアス先輩「侯爵令嬢の胃をデンプシーロールの如く連続で殴りまくる主人公がいるらしい……悪魔かな?」