新店舗では⑨
エリス・ディア・ハミルトン……古くは皇族に連なる血筋を持ち、アルクレシア帝国にて四大貴族と称される大貴族の一角であるハミルトン侯爵家の嫡子であり、幼いころから厳しい淑女教育を乗り越えてきた貴族令嬢である。
だからこそ、だろうか……長年の教育により培われた精神が、大貴族の嫡子としての矜持が……ギリギリでその感情をコントロールしていた。
快人は感応魔法を持ち、相手の大まかな感情を読み取ることができる。エリスは現在不意の快人との遭遇でかなり混乱しており、テンパっているといってもいい状況ではある。しかし、その鋼の精神で混乱しつつも冷静さは失わず……感応魔法で読み取っても、緊張や恐縮といった感情しか伝わってこない程度には動揺を抑え込んでいた。
(大丈夫、大丈夫です。私は歴史あるハミルトン侯爵家の娘……この遭遇が予期せぬものであったとしても、カイト様に不快な思いをさせることなく会話を完了させる。それができるだけの教育を積み重ねてきたはずです。今回は、不意の遭遇でたまたまカイト様が私の顔を覚えていたために自己紹介することとなっただけ、カイト様は貴族と積極的に関わりを持とうとしないはず……つまり、会話はすぐに終わるはずです)
快人が貴族の茶会やパーティにほぼ参加せず、王家とアルベルト公爵家を除いた貴族とはほぼ交流が無い……むしろ意図的に避けているというのは、エリスも知るところである。
快人は貴族嫌いであるとの噂もあるぐらいなので、この会話が長く続くことは無いだろうと予想していた。だが、それは大きな勘違いである。
あくまで快人が貴族などの招待を断ったりしているのは、快人の交流関係を目当てとした打算的な思惑や、社交界などを含め貴族的ないろいろ格式張った催しを避けているというのが大きく、別に貴族との交流自体を避けていたり、貴族そのものを嫌っているわけではない。
好感の持てる相手であれば普通に親しくしたいとも感じるし、会話も広げようとするだろう……そしてエリスは、以前の出店での買い物や自己紹介のやり取りで好感の持てる相手と認識されていた。
「エリスさんは、なにか用事があってシンフォニア王都に来たんですが?」
「ええ、運よくニフティの店舗での購入抽選に当選しまして、ニフティに向かっているところでした」
微笑みながら話しかけてくる快人に対して、エリスも穏やかな表情で言葉を返しつつ……頭の中ではさらに混乱が大きくなっていっていた。
(あ、あれぇ? な、なんだか想像以上に好意的な反応のような……私、貴族ですよ? 侯爵令嬢ですよ?)
てっきり快人の方から手早く会話を切り上げると思っていたエリスは困惑していた。彼女も社交界等で様々な人と腹の内の探り合いなどをした経験があり、特殊な能力などは無いが表情や声色で相手の心の内はある程度察することができる。
快人は分かりやすく好意的な反応であり、新しくできた友人と会話を弾ませているような雰囲気すらあった。
「あっ、そうなんですね。実は俺も丁度ニフティの店舗に行く途中だったんですよ」
「そうなのですか? それはやはりオーナーとして、店舗の状況を視察に?」
「ああいえ、単純にどんな感じかな~って興味本位の部分が強いですね。あと、店主を任せている方に少し用事もあって……っと、ここで止まって話しててもアレですね。目的地は一緒ですし、エリスさんさえよければ一緒に行きませんか?」
「え? あ、は、はい。喜んで」
どう見ても好意的な感情しか伝わってこない笑顔で告げる快人に対して、エリスは頭の中に大量のクエッションマークを浮かべつつも、それでも淑女としての鉄壁の微笑みで了承した。
そして快人と共にニフティに向かって移動しつつ会話をしながら、頭の中では混乱する思考を必死に抑えていた。
(なな、なんでこんな状況に!? これだと本当にカイト様と親しくさせていただいているような……い、いえ、それ自体は光栄なことなのですが、なぜ? 私はいったいどこでカイト様の興味を勝ち取ったのですか?)
そもそも貴族と接する機会が少なく、快人が貴族令嬢らしいエリスの雰囲気を新鮮に感じているなど夢にも思わず、エリスはなぜ快人に好意的に見られているのかが分からずぐるぐると思考を巡らせていた。
いや、もちろんエリスの立場を思えば、カイトと親しくすることは利しかないのだが、状況についていけていないという気持ちが強い。
(わ、分かりませんが、私にとってもハミルトン侯爵家にとっても良いことであるのは間違いないですし、出来ればこのまま友好的な関係を築けたら……)
しかし、流石というべきか厳しい淑女教育の賜物というべきか、エリスは思考に冷静さを取り戻してきた……のだが、それは直後に淡くも砕け散ることになる。
「あ~!? カイトクンさんです!」
「え? あっ、ティルさん……それに、皆さんもお揃いで……奇遇ですね」
唐突に聞こえてきた声の方向に快人と共に振り返ると、そこには……妖精姫ティルタニア、天空姫エリアル、薔薇姫ロズミエル、草華姫カミリア、大樹姫ジュティアの五人が居て、それを認識した瞬間エリスの顔色は青を通り越して真っ白になった。
(あばばばばば、な、なな、なんで七姫の方々がここにぃぃぃ!?)
シリアス先輩「偶然の遭遇という唐突なボディーブロー、一緒に店舗に行こうとほぼナンパみたいな誘いで追撃のボディブロー、必死に立て直しかけたところに六王幹部五人セットとかいう胃痛どころか胃を貫通しそうな威力のボディブロー……う~ん、これはなにがなんでも胃を破壊するという信念を持ったボディブローの名手」