新店舗では④
アルクレシア帝国の首都にあるニフティの店舗には、皇帝であるクリスの姿があった。テーブルごとに認識阻害魔法がしっかりと施されているため、皇帝である彼女が居ても騒ぎになることは無い。
レベルの高い紅茶とスイーツを感心したような表情で見つつ、クリスは対面に座る実の母親であるリスティアに対して声をかける。
「しかし、母上……よく予約が取れましたね? 抽選は相当の倍率だったのでは?」
「え? クリスちゃん、私が普通に予約抽選に申し込んだりしたと思ってるの?」
「思ってないからこうして訝しむ目を向けてるんですよ。誰から奪い取ったんですか……」
ニフティは非常に特殊であり、三国のいずれにも属さずいずれの法も適応されないという特異点である快人のブランドの店であり、アルクレシア帝国にあるからといって帝国内の権力が及ぶ場所ではない。
たとえ皇帝であるクリスであっても強権を用いて予約を確保することは不可能であり、凄まじい倍率の抽選を越える必要がある。
いちおうクリスも個人として予約抽選には申し込んだのだが、初日は当然落選してしまい、予約が取れたのは28日先だった。しかし、唐突に訪れたリスティアが予約を取っているからとニフティのカフェに誘ってきて、いまこうして親子ふたりで訪れているのだ。
「奪い取るだなんて人聞きが悪いわね。別に私はなんにもしていないわよ。なにかを誰かに命じたわけでもないし、魅了とかの力を使ったわけでもない。ただ、数人の知り合いに『娘と一緒にニフティのカフェに行きたいな~』って溢しただけよ。そうしたら、たまたま初日に予約を取れたって相手が、是非とも予約権を使って欲しいって言ってきたから、ありがたく利用させてもらってるだけ……ほら、なにもしてないでしょ?」
「……」
こともなげに語るリスティアに、クリスはなんとも言えない表情を浮かべる。確かにリスティアは呟いだだけだろうが、最強の淫魔たる彼女に骨抜きにされた存在は多い。それこそリスティアに一言「ありがとう」という言葉をもらうために、命を賭けても惜しくないというほどに心酔している者も多い。
後宮にいる女性たちなどもそうだろうし、貴族や富豪の中にもリスティアの信者は多いので、彼女が一声呟けば相当の人数が予約抽選に申し込みを行っただろうというのは容易に察することができた。
「ほら、クリスちゃんは皇帝として社交の場に出ることも多いでしょ? こういう、流行の最先端はちゃんと抑えておかないと舐められるわよ。流行りものってのは鮮度が命なんだし、むしろ私じゃなくてクリスちゃんが部下とか使って、必死に申し込むべきだったのよ」
「……それを言われてしまうと確かにその通りですが、やはり私は強力な魅了で人を意のままに操るのには忌避感がありますね」
「う~ん、誤解してるかもしれないけど……私、任務以外で魅了使うことなんてほぼないわよ?」
「……そうなんですか?」
「私にとって魅了の力なんて、時短手段でしかないもの……別にそんなもの使わなくたって、人を虜にするのなんてそう難しくないわよ。相手の欲しいものや欲しい言葉を見極めて自然に懐に入って、あとはジワジワと私無しではいられないように少しずつ依存させていけばいいのよ。任務とかだと時間かけるのは面倒だから手っ取り早く魅了使うけど、プライベートじゃそれしても面白くないじゃない。私、食事ってそれなりに楽しみたいタイプだしね」
そう、リスティアは確かに格下では防ぐ術のない絶対的な魅了の力を使うことができ、彼女以下の実力しか持たない者は意のままに操ることができる。
だが普段から乱用しているわけではない……というか、任務以外でも面白くないので使っておらず普通に話術などを含めた人心掌握術で相手を己の虜にしている。
彼女にとって相手にリスティアが居なければ生きていけないと思わせるほど依存させるのなど簡単な事であり、彼女自身にとって恋愛とは食事であることも踏まえて、相手を虜にするのは料理のような感覚だった。
まぁ、それでも過去のように虜にさせた後で、ジワジワと相手の心を壊して廃人にしたりしていないだけ、いまはかなり丸くなっているのは間違いないのだが……。
「う~ん、本当になんとも複雑というか、参考になる部分も多いので一概に否定しにくいのは困りものですね」
「まぁ、私のようになれってわけじゃないけど、クリスちゃんももうちょっと相手の心の掌で躍らせられるようになった方がいいかもね。そうしたらもっと楽に保守派の連中を抑えられるでしょ? まぁ、またそのうちコツでも教えてあげるわ。うちの王に比べたらどれもおこちゃまレベルに可愛い子ばかりだから、慣れれば簡単にコントロールできるわよ」
「比較対象が世界トップと言っていいレベルの方なのですが……」
「でもまぁ、シャルティア様に関しては楽よ? どうあってもあの方の裏をかくのは無理だから、逆に開き直れるしね」
そう言って苦笑を浮かべるリスティアを見て、クリスも思わず笑みをこぼす。なんだかんだで昔と比べて親子の仲は良好であり、こうして会話が弾むようになったのは喜ばしいと、そんな風に感じながら……。
シリアス先輩「アルクレシアはこのふたり……ハイドラは誰だろう? ラグナ……は、カナーリスとは謁見の時に個人的に話してるし別のキャラか? でもハイドラ王国在住のキャラが少ないよな?」
???「シンフォニア王国の店舗に行ってたクロさんとアインさんもシンフォニア住まいじゃないですし、魔界の誰かって可能性もありますよ」