新店舗では③
最初の感想としては、率直に言ってなんのことかわからないというのが正直な思いだった。というのも、夜になりいつものようにクロが遊びに来たと思ったら、そのまま流れるような動きで土下座に移行した。
なんなら、土下座しながらスライドしてたような気もする……これが、伝説のスライディング土下座か? まぁ、それはさておき、いったいクロがなにを求めて土下座しているのか分からず、とりあえず土下座を止めさせてから事情を聴いてみた。
「えっと……つまり、要約するとアルクレシア帝国とハイドラ王国の店舗で、ベビーカステラを食べたいってこと?」
「うん……」
「というか、ベビーカステラなんてメニューにあったんだ……」
「え? カイトくんは知らなかったの?」
「最初の方にチラッとメニュー見たり、試作品のケーキとかをいくつか食べたりはしたけど、メニューとかはカナーリスさんに任せてたし……俺がメニューを見たのは本当に最初の方だったから、あとから追加したのかも?」
店舗の内装とかを見た時に少し食べたり飲んだりはしたが、主にアニマ、キャラウェイ、カナーリスさんの三人で話し合って色々決めてて、俺は本当に今回はなにもしてない。ブランドの立ち上げの時のように宣伝して回ったりということも無かったので、実際あんまり店舗に関して詳しくないのだ。
「まぁ、それはそれとして、クロのお願いの件だけど……」
「急な話で迷惑かけちゃうのは分かってるんだけど、どうしても我慢できなくて……なんとかこう、開店前に5分とか、開店後に5分とか……少し、少しだけでも入れてもらって食べさせてもらえたらなぁって……お願い!」
「ああいや、別に普通に席を用意できるよ。というかそういう専用の席があるから……」
「え? そうなの?」
「うん。ニフティの店舗には俺やアニマとかが誰かを招待したくなったりとか、そういう時のために三店舗とも必ずテーブルひとつは関係者用席みたいな感じで空けてくれてるから、そこを使えば普通にカフェを利用できる。カナーリスさんに一声確認取るだけだから、すぐに用意できるし日程の融通も利くと思う」
そう、カナーリスさんのアイディアではあるのだが、ニフティの店舗には常に空席が関係者用として用意してある。なのでカフェの予約を取るのは、俺にとってはまったく難しくなく、本当にカナーリスさんに一声かけるだけで問題ない。
俺の言葉を聞いたクロは、パァッと花が咲くような笑顔を浮かべ、そのまま嬉しそうに俺に飛びついてきた。
「カイトくんっ! ありがとぉぉ!」
「おっとっ……あはは、そんなに喜んでもらえると嬉しいよ。けど、クロがベビーカステラのことで後手に回るのは珍しいな」
「うぐっ、今回は本当にリサーチ不足だったよ……高級店ってイメージが強かったからってもあるし、ボクもそうだけど魔族って基本的に時間におおらかだから、半年ぐらい経って落ち着いてから行けばいいかな~ってニフティの店舗自体、あんまり情報を集めてなかったからね」
長命種が多い魔族は基本的に時間の感覚が大雑把であり数年程度はたいした時間に感じない人も多いので、よほど強く興味を惹かれる店以外は混んでいるオープン間際に行こうとはあまり考えないらしい。
「正直、アインに誘われてシンフォニア店に行ってなかったら、気付くのがもっと遅れてたと考えるとゾッとするよ……今後はもうちょっとしっかり調べよ」
「ふむ……それで、そのデコレーションベビーカステラって美味しかったの?」
「凄かったよ! ベビーカステラの良さを残しつつ、ちゃんと高級感あるスイーツとして成立させてたから本当によく考えられてて完成度が高かったね。カイトくんのブランドって言う贔屓目を抜きにしても、間違いなく星10って評価できるぐらいだったね」
「おぉ、クロがそこまで言うほどか……そんなに美味しいなら俺も食べてみたいな」
「あっ、じゃあ、一緒に行こうよ! ボクもカイトくんと一緒だと嬉しいし!」
「たしかに、それはいい案かも……じゃあ、日程合わせて一緒に行こうか」
「うん!」
嬉しそうな笑顔で頷き、もう一度ぎゅ~っと抱き着いてくるクロを抱き返しつつ、少し後に一緒に行くであろうニフティのカフェでのデートのことを考え、楽しくなりそうな気がして笑みがこぼれた。
マキナ「少し後に~ってことは、デートはまた今度で次はアルクレシア帝国とかの店舗の様子かな?」
シリアス先輩「……たぶんね……デートの予約入った……くそぉ……」